怒りに我を忘れて、自分はいったい何をしてしまったのか。
 意識を失ってぐったりとしているキラの体を見下ろしながらレイは呆然とするしかできない。
「……ともかく、手当を……」
 このまま放っておくわけにはいかないだろう。そう思って、キラの体を抱き上げる。
 その瞬間、キラの太ももを彼自身の血とレイの残滓と伝い落ちていく。
「……っ……」
 斑のそれを視線で追いかけながら、レイは自分の背中をぞくぞくとした感覚が駆け抜けていった事がわかった。同時に、この事実に喜びも感じてしまう。
 これで、キラは自分を見てくれるはず。
 その理由は何でもかまわない。
 ラウの影ではなく、レイをレイ自身として見てくれるなら、それでいいのだ。
「……貴方には、もうできないことですよね、ラウ」
 視線の先にある、彼の仮面を見つめながら、レイはこう呟く。
 あれがどうしてここにあるのか。
 そして、キラがどうしてそれを抱きしめていたのか。
 知りたいことはたくさんある。
 だが、問いただす時間はあるはずだ。だから、今は我慢できる、と思う。
「いずれ……キラの心の中から貴方のことなど追い出して見せますよ」
 自分やギルバートがラウを忘れることはない。いや、忘れられるはずがない。それはわかっている。
 だが、とレイは心の中で付け加えた。キラとラウのそれは自分たちのものとは違う。だから、十分に可能だろうとそう思うのだ。
 何よりも、今、キラの側にいるのは自分なのだし、と心の中で付け加えながら、レイはキラの体を抱きしめる。
「キラに……貴方は必要がないから」
 自分たちが覚えていればいい。
 しかし、キラの心の中に彼の存在は必要がない――ただ、彼を殺した罪悪感だけ残っていれば。
 それがどれだけ自分勝手な考えかもわかっていた。
 だが、それでも譲れないのだ、とキラを抱きしめる腕に力をこめながらレイは呟く。
「今の俺には……キラのぬくもりが必要だから……」
 手放せないのだ……と付け加えた彼の瞳には今までとは違う光が存在していた。

 体の奥が痛む。
 それはどうしてなのか。
 この思考とともにキラの意識は眠りの中からゆっくりと浮上してくる。
「気が付いたか?」
 一瞬遅れて、レイの声が耳に届く。
 その瞬間、キラは自分の身の上に何が起きたのかを思い出してしまった。
「……ぁっ……」
 反射的に体をこわばらせてしまう。だが、それすらもレイには予想されていた反応かもしれない。
「謝りませんよ、俺は」
 かすかな笑みを口元に刻みながら、レイはこう言い切る。同時に、彼の指先がキラの頬に触れてきた。
「貴方は俺のものです」
 忘れるな……と彼はきっぱりと言い切る。その瞳が、初めてあったときとは違って暗い光をたたえていることにキラは気が付いた。
「……レイ君……」
「今ここにいるのは、俺でしょう?」
 他の誰でもない……とレイはさらに言葉を重ねてくる。
「ラウじゃない」
 そのまま、ゆっくりと体を倒すとキラの上にのしかかってきた。
「あっ……」
 また、傷つけられるのだろうか。そう思うと無意識のうちに彼から逃れようとする。しかし、レイの腕がそれを阻む。
「どこに逃げようと言うのですか?」
 全てを捨てて自分に付いてきたのはキラだ……とレイは笑う。
 確かに、そうだ。
 あの優しい人々の手ではなく、彼の手を取るという選択をしたのは間違いなく自分だ。だが、その理由に彼の姿があったことは否定できない。
「それとも、彼等の元に戻るのですか?」
 今更、それはできないだろう。だから、キラは静かに首を横に振ってみせる。
「だから、貴方は俺の側にいればいいんです?」
 言葉とともにレイの唇がキラの頬に触れてきた。
「どこに行こうとも、ずっと」
 そうすることが、償いになるのだろうか。キラは心の中でこう呟く。意味のない存在を手に入れても彼にとって一文の得にもならないだろうにとも思うのだ。
「……僕の存在は……重いだけだよ……」
「そんなの、かまいません」
 自分の気持ちを理解できるのはキラだけだ。そして、キラにしても同じだろう……とレイは言い返してくる。
「だから……最後まで、付き合ってもらいます」
 この言葉に、キラは諦めたように目を閉じる。
 捨てようと思っていた命だ。それで彼の気持ちが安らぐというのであれば、好きにさせてやろう。
 小さなため息が、キラの唇からこぼれ落ちた。