このメールがレイの元に届いたのは、彼の死が伝えられた後だった。 つまり、彼は自分の望む最期を遂げた、と言うことなのだろう。 だが……とレイは心の中で呟く。 残された自分たちの感情までは彼は考えていなかったのではないか。 「……俺は……」 彼がうらやましい。 おそらく、どのような最後だったにしても彼は《幸福》を掴んだに決まっている。 同時に、彼を殺した相手が憎い、とも思う。 自分たち――自分から《彼》を奪ったのだ。 あの人にとっては、大切な友人。 そして、自分にとってはもう一人の《自分》。 「貴方を奪った彼を……許せない」 今はきっと、勝利の美酒によってのうのうと暮らしているのではないか。そうも思えるのだ。 自分が奪った物の正体も、それによって衝撃を受けている人間の存在も知らずに。 それが、勝利者の権利であると言うことはわかっている。自分だって、知らないうちに誰かを傷つけ、大切なものを奪ってきたかもしれないのだ。 それでも、だ。 「何も知らないと言うことを許せないんだ……」 だから、とレイはペンを取り上げる。 そのまま、彼は同居人に対する手紙を書き始めた。 彼は今、一番忙しい時期だ。だから、自分が抜け出したとしてもすぐには気づかないだろう。 だからといって、何も言わずに言っていいというものではない。 せめて、目的ぐらいは書き残しておかなければいけないのではないか。 そう考えただけだ。 「……ギルのことだから、それほど大騒ぎはしないと思うのだがな」 だが、とレイは心の中で呟く。彼がどれだけ衝撃を受けているのか、そしてそのことによってどれだけ傷ついているのか、自分は推測をすることしかできない。 それに、彼は意外と外聞を気にする方なのだ。 政治の世界では、それが必要なのだと教えてくれたのは今はいない《彼》だった。そして、彼の感情を的確に読み取れたのも。 同じ存在なのに、自分にはそれができない。 だから……とレイは考える。 「俺には、俺にしかできないことをやるんだ」 そう思いながら、今書き上げたばかりの文面を見直す。どこもおかしくないことを確認して、レイはそれをきちんとたたんだ。 今度は封筒を取り上げると、宛名を書く。これで、他のものが見つけても彼に渡されるだろう。 「……それに……確認しないと、前に進めない」 彼が望む《自分》であるために、と呟きながら、封筒の中に手紙を入れた。そして、しっかりと封をする。 封筒と先に用意していた荷物を入れた鞄を手にした。 「……時間は……」 こう呟きながら、視線を壁に付けられた時計へと向ける。この家の主である彼の趣味なのか、それはアンティーク調のアナログ時計だ。 「十分間に合うな」 時刻を確認して、レイはこう呟く。 「今日の便を逃せば、次がいつになるかわからないからな」 終戦を向かえてそれなりの時間が経ったとは言え、未だに政情は不安定だ。 特に、ブルーコスモスの動向は問題だと言っていい。オーブですら、そのテロは繰り返されているらしいのだ。 だからなのだろう。 オーブからの移民も止まらないらしい。 「……だからといって、やめるわけにはいかない」 今を逃せば、次はいつチャンスが来るかわからない。 オーブへのシャトルだけではなく、自分自身の状況もだ。 「これを最後のワガママにするから……」 許してください、と呟きながら廊下に出る。そのまま、リビングへと向かった。そこのテーブルであれば、きっと誰かが気づくだろう、と思ったのだ。 手間暇をかけて作られたレースのテーブルクロスは、今であればどれだけの値段が付くだろう。そう思わずにはいられないそれの上にそっと封筒を置く。 次の瞬間、レイは目的以外の全てを一時的に脳内から追い出す。 毅然と顔を上げると、そのまま歩き出す。 彼の青い瞳の先には、ただ一人の面影だけが映し出されていた。 |