目の前の光景を見た瞬間、キラの動きが止まった。それは、ヘリオポリスでのことを覚えているからだろうか。シンはそう思う。
「キラさん!」
 だからといって、このままにしておくわけにはいかない。
「急ぎましょう!」
 こう言いながら、そっと彼の背中に手を置く。
「大丈夫です。あの人達は強いから」
 それに、アスラン達も向かったのであれば、何も心配はいらない……と言うシンの言葉にキラは小さく頷いてみせる。それでも、その顔からは血の気が失せていた。
「お前がここで立ち止まっている方が問題だぞ」
 外に逃げれば、彼等もここから脱出できる。そちらの方が戦いやすいのは事実だ……とムウも声をかけてきた。
「動けないなら、抱えて行ってやろうか?」
 さらにこんなセリフを口にしたのは、少しでもキラの気持ちを別の方向に向けさせようとしてのことだろうか。
「……兄さん、あのね……」
「反論できる余裕があるなら、大丈夫だな。なら、急げ」
 そう言いながら、ムウは歩き出す。
「キラさん、さぁ」
 シンもまた、彼を促した。
 キラはそれに素直に従う。
 だが、シンだけは気づいていた。キラの体が小さく震えていることを。
「ステラ! カガリとキサカを拾え」
 アスラン達が戦闘に参加してしまった以上、乗り込める機体が減った。そして、この状況ではゆっくりと車で移動しているわけにはいかないだろう、というムウの言葉も納得できる。
『キラじゃ、だめ』
 キラとシンをガイアに乗せるから、カガリとキサカをストライクに乗せろと彼女が言いたいらしい。
「ったく」
 仕方がないな、といいながらムウは二人を振り向く。
「どうする?」
 あちらでもいいぞ……と言われてもシンとしては返事のしようがない。キラも困ったように小首をかしげているだけだ。
「……僕は、どっちでもいい。兄さんと同じくらい……ステラ達も、信用できる、と思うから」
 でも、と彼は言葉を続ける。
「ステラ、アウル達に怒られない?」
 そっちの方が心配だ、というキラの顔には、幾分血の気が戻っているような気がした。
「大丈夫だろう」
 行くか? と言われて、キラは小さく頷く。彼が意思表示をすればあとは誰も何も言わない。
「そう言うことですので、キサカ一佐」
 カガリと一緒にストライクに! と叫ぶムウの脇をすり抜けて、二人はガイアに近づいていく。そうすれば、ハッチからワイヤーが下ろされる。
「先にあがってください」
 自分は後から追いかける……というシンに、キラは小さく頷いて見せた。そして、ワイヤーにぶら下がる。そうすれば、それはすぐに巻き上げられた。
「……このまま、って事はないよな」
 ステラは《キラ》とムウだけがいればいい……というような態度を見せるから、自分のことを忘れる可能性があるかも、とシンは一瞬不安になる。
 だが、キラがそれを許すかというと答えは分かり切っていた。
 だから大丈夫だろう、と思う。  実際、キラがハッチに移ると同時に、ワイヤーが下ろされてきた。それに飛び乗るように掴まれば、同じようにすぐに引き上げられる。
「キラも、シンも……しっかりと掴まってて」
 普段目にしていたものとはまったく違う厳しい表情でステラがこう言う。
「ムウが、すぐに離脱しろって」
 だから、ちょっと荒い操縦をするかもしれないから、と彼女は付け加えた。
「任せるよ、ステラ」
 信じているから、とキラがそんな彼女に言葉を返す。そうすれば、ステラはふわりと花がほころぶような微笑みを浮かべた。

「なんだよ!」
 モニターの端でキラ達がそれぞれMSに乗り込んだのがわかった。そして、そのままそれらはこの場を離脱しようとしている。
「邪魔!」
 最初は一対一だったのだ。それだったならば、間違いなく誰かが《キラ》を確保できただろう。そのくらいの隙は見つけられていたのだ。
 しかし、今はさらに二機増えている。
 いや、それだけではない。
 他に三機確認できている。
 それらを敵にして目標だけを確保できるか。
 そう考えれば、答えは一つしかないだろう。
「ったく、忌々しい連中だな!」
 目の前の連中だけではない。ムウを含めた者達もみな気に入らない、とオルガは思う。
 結局の所、自分たちはただの《道具》でいいじゃないか。そう割り切ってしまえば、それなりに楽に生きられるのに、と思う。
 それとも、あいつらは自分たちが知らない《何か》を見つけ出したのだろうか。
「もっとも、俺には関係のないことだがな」
 そうだとしても、確かめるすべはない。確かめられたとしても、自分たちはこのまま生きていかなければいけないのだ。ならば、知らない方がいいに決まっている。
 そうは思うのだが……何故か気にかかる。
 同時に、どこかうらやましいと思ってしまうのだ。
 それは何故なのだろう。
「俺には関係のないことだ」
 考えるだけ無駄だ、とオルガは自分に言い聞かせる。そんなことを考えている暇があれば、何とかあれを連れ帰る方法を見つけ出そう、とも。
 しかし、どう考えても答えは見つけられない。
『ったく……外の連中、使えねぇ!』
 その瞬間だ。オルガの耳にクロトの癇癪が届く。
「……撤退だな」
 外の連中がやられたのであれば、こちらに増援が来ると言うことだ。そうなれば、ただでさえ不利な状況がさらにひどくなる。
 このまま自分たちがやられてしまうよりは、一度退いて体勢を立て直した方がいいに決まっているだろう。そう判断して、オルガはこういった。
『ウザァ』
『勝手に決めるなよ!』
 即座にこんな声が返ってくる。しかし、彼等にしてもどうすることができないのは事実だ。
 悪態を付きながら彼等はその場から離脱を始める。
 その後を追いかけてくるものはなかった。

「追撃は必要あるまい」
 撤退を始めた地球軍を確認しながらラウはこう呟く。
「それよりも、プラント内に入った者達の回収を急げ!」
 そのままこの宙域を離脱する、と指示を出す。
「……オーブの方々も、ですか?」
「仕方があるまい」
 彼等をここで解放して、地球軍に拉致される方が問題だろう……とラウは言い返す。もっとも、そうでなくても本国に招待するように……とシーゲルからの依頼も来ている。カガリの立場を考えれば当然のことだろう。
「では、今しばらく、カガリとも一緒にいられますのね?」
 ふわりとした口調でラクスがこう口にした。
 それは、彼女がその事実を歓迎している、という表明だろう。そして、彼女のこの言葉があれば、他の者達はカガリの存在を認めるしかない。
 それがわかっていてのセリフなのだろう。
 見かけによらず怖い少女だ、と心の中で呟く。もっとも、今はそれがプラスに働いている。だからかまわないだろうが、敵にだけは回したくないな、と。
「キラ様も、本国に行かれますのでしょう? 楽しみですわ」
 その表情からは、他意は感じられない。だから、ラウとしてもあえて裏から手を回すつもりはなかった。
「そう言って頂けると思っておりましたよ」
 その代わりにこう告げる。
「お墨付きをいただけたようですわね」
 にっこりと微笑みながら言葉を返してくる彼女に、ラウはそれ以上何も口にしない。いや、するタイミングを失ったと言うべきか。
「ストライク、ガイア、それにジンが帰還しました。デュランダル氏はあちらに戻られましたが……」
 かまわなかったのか、と問いかけの言葉がかけられた。
「おそらく、エルスマン議員がかまわないと判断されたのだろう。それよりも、エルスマン議員以下の方々は?」
「みな、ご無事です」
「そうか」
 即座に戻ってきた報告に、ラウは頷き返す。
「それでは、エルスマン議員がよろしいようであれば報告をお願いしたいとお伝えしてくれ。オーブの姫を含めた他の方々は部屋の方でおやすみ頂くように」
 かまいませんね、とラクスに視線で問いかければ意味がわかったのだろう。
「私、カガリとキラ様にお会いしてきますわね」
 失礼しますわ、と続けると彼女はブリッジを後にする。
「他の者達は?」
「既にメンデルを脱出しました」
 数分後には合流できるだろう。オペレーターから即座にそう返答が戻ってきた。
「そうか」
 それならば、今回の作戦はとりあえず成功したか……とラウは判断する。後は、無事に本国まで戻るだけだな、と。
「地球軍がこれで諦めてくれればいいが……」
 どうだろうな、という呟きはラウの口の中に飲み込まれた。