「……これが、人工子宮……」
 こう呟きながら、タッドがゆっくりと中に踏み込んでいく。
「だが、これを発展させていくことが、私たちにできるかどうか」
 そうしなければ、自分たちの未来は開けないのだ……と口にする彼を尻目に、ムウがキラを手招いている。
「兄さん?」
「こっちにデーターベースがある。これを移動させられなくても……データーだけは確保しておかないとだめだろうからな」
 それさえあれば、一から始めるよりも楽だろう。その言葉にキラも小さく頷いている。
「手伝えることはありますか?」
 彼等だけでも十分だとは思うが、デュランダルの動きがまだ読めない。彼がまたキラを連れ去るようなことがあっては困る……と思いながら、アスランはこう問いかけた。
「大丈夫だとは思うが……そうだな。側にいて警戒をしてくれるとありがたいか」
 カガリにはキサカとシンがさりげなく付き添っている。本来であればシンはこちらに来たいのだろうが……と思いつつアスランは二人に歩み寄っていく。
「じゃ、俺たちは、入り口だな」
 ディアッカはこう口にすると、ラスティと共に入り口へと向かう。
「しかし、これだけのものをよく……」
 作ってくれた……とタッドが呟くアスラン達の耳に届く。それは、アスランにしても同じ気持ちだ。
 これがあったからこそ、キラは今こうして自分のそばにいてくれるのだから、と。
 それに、と思う。
「これがあれば……婚姻統制なんてしなくてもすむかもしれないしな」
 好きな相手と結婚することが許されるかもしれない。そんなことすら考えてしまう。
「そんなのがあるの?」
 知らなかったのだろう。キラがこう問いかけてくる。
「コーディネイターは、子供が生まれにくいからね」
 だから、少しでも生まれる確率を高くしたかったという理由でそれが作られたのだ、とアスランは口にした。
「そうなんだ……でも、オーブだと、結構、第二世代も第三世代もいるような気がしたんだけど……」
 あれは違ったのかな……とキラは小首をかしげている。
「正確に言えば、第三世代じゃない子もいると思うぞ。コーディネイターとナチュラルのカップルも多いからな」
 もちろん、コーディネイトを行っている者もいるだろうが……と口を挟んできたのはカガリだ。
「普通に生まれてくる子も多いからな。それはコーディネイターなのか?」
 それともナチュラルなのだろうか……とカガリは首をひねっている。
「どちらでもいいんじゃない?」
 そんな彼女に向かってキラは微笑みかけた。
「キラ?」
「その子が幸せなら……どっちだっていいと思う」
 違うのかな、とキラは首をかしげた。
「確かにその通りだな」
「望まれて生まれてきて、両親に愛されて……それで十分だな」
 そのために、この装置が使われればいい。キラはそう思う。
「そんな世界を作るためにも……俺たちは負けるわけにはいかないし……オーブは存在続けなければいけないんだ」
 二つの種族が、少しでも融和していける可能性が残されているのであれば……とアスランは呟く。
「……そうだね。そうなってくれるといいね」
 ふわりとキラが微笑む。その隣で、カガリも大きく頷いていた。

「……敵が侵入したそうだ……」
 ラウからの報告を聞き終わったカナードが静かな口調でこう告げる。
「って、何? 戦闘になるって事?」
 それにアウルが言葉を返してきた。
「おそらく、な」
 それも、相手はお前達の仲間だぞ、とカナードは付け加える。
「……それが、どうかしたのか?」
「関係ない。言われたことをするだけだ」
「ムウとキラが……いればいい」
 そんな彼の耳に届いたのはこんな言葉だった。
「……それを最後まで貫ければいいがな」
 そうしてくれれば、こちらが楽なのは事実だがな……と心の中で呟く。それとも、そういう意識付けになっているのだろうか。
 どちらにしても、キラに不都合にならなければそれでいいのだが、と考えてしまうあたり自分も彼等にあれこれ言えないな……とカナードは笑う。
「どちらにしても、あいつらを……キラを守るだけだがな、俺は」
 そうすることを自分が選んだのだ。そして、そのために力を手にしてきた。
「あいつが幸せに暮らせるようにするのが……俺の義務だからな」
 キラがいたからこそ、自分はこうしていられたのだから。でなければ、とっくにあちら側の世界に足を踏み込んでいたかもしれないのだし。その結果、自分が世界を滅ぼしていたかもしれない。
 もっとも、それをキラに伝えるつもりはない。
 自分だけがわかっていればいいことだろう……と考えているからだ。
「あぁ、捕まえた。確かにこっちに向かっている。気を付けろ!」
 言わずもがなの注意であろうが。そう考えながらも、カナードはさらに言葉を重ねる。
「お前らがケガをしても、キラは悲しむからな」
 だから、生き残ることを考えろ……と口にした。
「そんなこと言われても……」
 わからない、と言う言葉が返ってくる。
「負けなきゃいいだけだ」
 それならば簡単だろう、と告げれば、それに関してはすぐに同意が返ってきた。つまり、彼等にはこう直接的な言葉の方がわかりやすいらしい。それはおそらく、彼のせいだろうな、とカナードは苦笑を浮かべた。
「ともかく、施設のそばにはできるだけ近寄らせるな。いいな?」
 こう言い残すと、カナードは真っ先に動き出す。
「ステラ! お前はそこで待機だ」
 撃ち漏らしを任せる、と言い残すとそのまま三機を分断するように突入していった。
「なんで!」
 その彼の耳に、ステラの不満そうな声が飛んでくる。
「ガイアが飛べねぇからだろう」
「他にも誰かいるかもしれない。そうなったら、キラとムウを守るのはお前なんだぞ!」
 そんな彼女に言葉を返しながら、残りの二人もそれぞれ標的を定めたらしい。その中の一機に組み付いていた。

 振動が伝わってくる。
「……兄さん」
 データーをコピーする動きを止めることなくキラはムウに呼びかける。
「大丈夫だろう。外には……カナード達がいる」
 彼等がそう簡単に負けるはずがない、とムウは言い切った。
「それに、ここには俺たちもいるからな」
 いざとなれば、瓦礫の中に隠してある機体に戻ればいい。アスランもそう言って笑う。
「あいつらが心配なら、できるだけ早く、作業を終わらせることだ。そうすれば、あいつらはもっと自由に動けるようになる」
 そうだろう、と言われて、キラは小さく頷く。
「いいこだ。自分に与えられた役目を精一杯こなすしかないんだよ、俺たちは」
 一人でないから、できるんだがな……と言うムウに、キラはかすかな笑みを口元に刻む。
「そうだね。ラウ兄さんも、カナード兄さんも……それに他のみんなも、強いものね」
 だから、自分は自分の作業に集中しよう。キラはこう思う。
「……後、どのくらいで終わる?」
「コピーだけなら……後十分もかからないよ」
 問題なのは、それを整理することの方だから……とキラは付け加える。
「後は……あちらの機器の方だけど……」
 どうするんだろう、と思う。
「……あれか……」
 ムウがかすかに逡巡をしている気配が伝わってきた。
「置いていくしかないんだろうが……」
 そうは口にしているものの、本当は彼もあれを持っていきたいのだろう。それは、あれがコーディネイターに必要だからなのか。それとも、あれを作ったのが自分の《両親》だからなのか、とキラは悩む。
「……まぁ、俺たちにはお前がいるし……データーさえあれば、再建も改良も可能だろうしな」
 割り切るしかないのだろう……とムウは結論を出した。
「それに、あまり時間をかけていると、いくらカナード達でもな」
 問題なのはあの三人なのだ、と言外にムウは呟く。
「兄さん?」
「……あいつらも、あっちの連中ほどじゃないが、タイムリミットがあるしな」
 その前に全てを終わらせてしまえればいい。でなければ……とかすかに不安を滲ませる。
「……なら、急ぐね」
 自分の仕事を……と頷くと、キラは再び意識をキーボードに戻す。そして、今まで以上のスピードでキーを叩き始めた。
「……無理だけはするなよ」
 そんな彼の肩に、ムウが手を置いてくる。
「……あちらの方がどうなっているのか、聞いてきますね」
 そして、アスランはこう言い残すとキラから離れていく。
 彼等の動きすら、どこか遠いものに感じられるほど、キラは目の前の作業に集中していた。