せまい通路を抜ければ新しいドアがある。
「キラ、カガリ」
 不意にムウが二人の名を呼んだ。
「何?」
「……何をすればいい?」
 こう口にしながら、二人はムウの側へと歩み寄った。
「ここに手を置け」
 そうすれば、センサーが二人の生態情報を読み取るから……と彼は続ける。それがこのドアを開ける鍵なのだ、とも。
「……痛くない?」
 どのようなシステムなのかはわからないが、キラにとってはそれが重要だったりする。
「……キラ……」
「だって……」
 あきれたように彼の名を呼ぶムウを、キラは上目遣いで見上げる。その瞬間、周囲から笑いが漏れた。
「大丈夫だ。痛くない……はずだ」
 ともかく、ここまで来てぐだぐだ言うな……と言われて、キラは素直に手を言われた場所に置く。それを見て、カガリもまた同じように手を置いた。
「……こう言うところは本当に双子なんだな」
 そんな二人の背中にアスランのこんなセリフが届く。
「それは関係ないと思うが……」
「ただの偶然でしょう」
 アスランの言葉にディアッカとレイがこう言い返している。
「いや……そうとばかりは言えないかもれねぇな」
 だが、彼等の言葉をあっさりとムウが否定した。
「キラもカガリも……小さな頃はあれこれ検査されていたからな。その時のことを覚えていたなら……痛いのが嫌いでも仕方がないかもしれないぞ」
 結構、きつい検査もあったようだからな……という言葉に、アスラン達だけではなく、タッドもかすかに眉をしかめている。
「そんなことがあったのか……」
「……全然覚えてないよね」
 しかし、当人達にしてみれば、記憶にないことであれこれ言われても仕方がないと思う。第一、痛いのが好きな人間なんかいるのだろうか、とキラは心の中で呟いた。
 そんな風に意識が目の前の装置から離れていたその時である。
「……何?」
 キラ達が手を置いたパネルが不意に光を放つ。
「手を離すなよ?」
 それに驚いて手を引こうとしたキラの耳に、ムウの声が届く。それだけではない。背後から彼の手がキラの手を押さえてきた。
「これでスキャンしているんだ」
 すぐに終わるって……という言葉にキラは困ったように彼を見上げる。
「ほら、消えただろう?」
 彼が低い笑いを漏らしたときだ。
 静かに目の前のドアが開く。
「……ここが、お前が生まれた場所だよ」
 そして、それまでの間、自分たちが毎日のように人工子宮の中で眠っているキラを見つめに来た場所だ。ムウはそう付け加える。
「……それでは、あれが……」
 タッドの声に誰もが視線を奥へと移動した。そこには、複雑な形をした装置がある。
「お前が育った場所だ、キラ」
 それが、ムウの答えだった。

 先に出撃したのは、戦闘用に作られたコーディネイターだという。それが気に入らない……と思う。
「なんで俺らじゃねぇんだろうな」
 ぼそっとクロトはこう呟く。
『俺らは、内部に入ってあれを連れてくる役目、だとさ』
 ついでに、見つけられるのであれば、フラガとあの三人も……と言葉を返してきたのはオルガだ。
『……俺……そっちの方がいい』
 あれ、欲しいもん……と付け加えたのはシャニである。それに関しては、クロトだって同じだ。
 フレイから聞いたあれの話が本当であれば、あれさえ手に入れられれば、自分たちはさらに強くなれると言うことである。それは、多くの標的を落とせると言うことだ。
 たくさん落とせば、それだけほめられる。
 ほめられれば、おしおきをされることはない。
 だから、そのために必要なものを手に入れるのは当然だと言っていい。
「あいつらがおかしいんだよな」
 せっかく手にいて多ものをみすみす奪われただけではなく、今はあいつらに協力しているなんて……とそう思うのだ。
 だが、あるいは何か事情があるのかもしれない。
 それでも、まだ使えると判断されているのだろう。だからこそ、彼等の指揮官である《フラガ》を連れてこい、という命令も付け加えられたのか。
「どっち、優先するんだ?」
 とりあえずこれだけは確認しておこう。そう考えてクロトは問いかける。
『あれに決まってるだろう』
 フラガの代わりはいるが、あれの代わりはいない。だから、あれを優先しろとさ。
 それは、軍人とは言え、あいつらからしてみれば、同じ《道具》だと言うことなのだろう。だからどうだと言うつもりはない。自分たちにはその生き方しか与えられなかったのだから……とクロトは心の中で呟く。
「了解」
 第一、自分たちは与えられた命令をこなすだけだ。
『今度ドジったら、まずそうだしな』
 ふっとオルガがこんなセリフを口にする。
『……ウザ……』
 こう呟き返すものの、シャニもその可能性があると考えているのだろう。小さなため息が届く。
「……成功させればいいんだろう」
 失敗することなんか、考えなければいいんだ……と呟くとクロトは発進命令をいらいらしながら待つことにした。

「……この動きは……連中ではなさそうだな」
 と言うことは厄介かもしれない……とラウは呟く。
「隊長?」
「噂には聞いていたがな。奴らは戦闘のためだけにコーディネイターを生み出していた、と」
 そして、あのジンは、ザフトのものを拿捕したのではないか。
 そのような事例があるとムウから聞いていたしな……とラウは心の中で付け加える。
「しかし、やりにくいだろうな、ミゲル達は」
 乗り込んでいるのが同胞。そして、彼等が操っている機体は《ジン》だ。そう考えれば、彼等が今感じているプレッシャーがどれほど大きいものか推測できるだろう。
「最悪の場合、私も出なければならぬだろうな」
 彼等が相手と戦う事にためらうようであれば……とラウは付け加える。
「彼等も……割り切ってくれると良いのですが」
 だが、戦いにくいのは事実だ……とアデスも口にした。
「誰も、そのような事態に直面するとは考えておりませんでしたでしょうに」
「それでも、守らねばならぬ存在がある以上、ためらうことは許されるのだがな」
 そして、それがコーディネイターの未来につながるものである以上……とラウは口にする。
「……それと、グラディス艦長に依頼を頼む。おそらく、あの三機はメンデルへの侵入をはかるはずだからな」
 そちらの監視を、あの艦に頼むべきだろ、とラウは判断をする。こちらとの連携は難しくても、その任務であれば十分に可能だろう、とも思うのだ。
「やはり、こちらは陽動ですか」
「私なら、そうする、というだけだがね」
 だが、同じような考え方をする人間が地球軍にいないとは限らない。何よりも、彼等の目的が《キラ》であり、そして《人工子宮》であるのなら、間違いなく侵入しようとするだろう。
「あちらにはカナード共にあの三人もいるが……彼等にしても複雑なことは間違いないだろうからね」
 彼等がムウの命令を絶対として、地球軍など関係ない……という態度を持っている、としてもだ。
「……了解いたしました」
 ムウの説明にアデスも納得したらしい。即座に指示を出す声が聞こえる。
「私のシグーも、いつでも出撃できるよう、用意しておいてくれ」
 それを耳にしながら、ラウは他の者にこう命じた。
「了解しました」
 即座に返事が返ってくる。
「……ともかく、彼等だけは何があっても守らなければいけないのだ」
 それに満足を覚えながらもラウは気を緩めない。
 自分の判断ミスが、自分の一番大切な存在を自分から奪うことになるかもしれないのだ。だから、一瞬たりとも目の前の戦況から目を離すことはできない。
 そう思いながら、彼は自由に動けない自分にもどかしさも感じていた。