「……何故、あんな廃棄プラントに……」
 彼等のセンサーに引っかからない距離を保ちつつ状況を確認していたナタルが、小さな声で呟く。
「あそこは、何があった場所だ?」
 次の瞬間、部下に向かってこう問いかけた。
「確か……遺伝子研究所があったかと」
 部下の一人が即座に答えを返してくる。
「ただ……十六年ほど前にバイオハザードを起こして閉鎖されたはずです」
 この言葉に、ナタルは眉を寄せた。そんな場所に、いったい何があるというのか……と思ったのだ。
「まぁ、いい」
 それを追及するよりも、他にすべき事があるのだ。
「目標は、あのコロニー内にいるのだな?」
 確認のための言葉を口にすれば、
「そう確認しております」
 こちらもまた即座に言葉が返ってくる。その反応に、ナタルは満足感を覚えるものの、だからといって現状を打破できないと言うこともまた事実だ。
「敵に気づかれないよう、潜入するのは……難しいか」
 それさえできれば、あるいは……とは思わなくもない。だが、内部にもMSが数機侵入を果たしていることが確認できていた。
 もちろん、周囲を警戒しているあの三隻にもまだMSが残されているだろう。
 それに対し、こちらの戦力はあの三機だけなのだ。
「プラントの外壁を、ローエングリンで破壊すれば……」
「それでは目標も巻き添えにするかもしれないだろう」
 部下の提案をナタルは一蹴する。
「敵を殲滅することが我々の目的ではない。地球軍の勝利のために、重要な存在を手に入れなければいけない。それはわかっているな?」
 でなければ、これほどまでに手間をかけはしなかった。
 その言葉に、誰もが反論をしてこない。
「……敵のセンサーに感知されないよう、プラントの反対側へ向かえ」
 そこからであれば、潜入か可能かもしれない。ナタルのこの言葉に、反論は返って来ない。
「せめて、メビウスでいいから、後一個部隊いてくれればな」
 部下達の動きを見ながら、ナタルはこう呟いていた。

「足下に気を付けてください」
 先頭を歩いていたシンは、後ろの面々に向けてこう声をかける。
「大丈夫だ!」
 それに言葉を返してきたのはカガリだ。
 この中で、ナチュラルの少女である彼女が一番不安だ、と考えるのは自分だけではないだろう。フラガやキサカはもちろん、ザフト側から付いてきたメンバーも彼女の様子を気にかけているのがわかった。
「無理はするな。それが周囲を危険にさらすことがある」
 そんな彼女に、ムウがこう告げる。
「そうですよ、カガリ。貴方が目的地に着かなくては、意味がないのですからね」
 さらにキサカにまでこう言われて、彼女は本気でむくれた、と言うような表情になった。これは何とかフォローをしないとまずいのか……とシンは思う。
「カガリは女性だから……みんな、気を遣っているんだよ」
 ふわりとした声が周囲に響く。
「だからといって、だな」
 そのまま彼女は、視線をキラへと向けた。
「でも、カガリが女性なのは変えようがないよ」
 それに、とキラは続ける。
「……みんなからすれば、僕も似たようなものみたいだし……」
 特に、ムウには……とキラが付け加えたのは、きっと、今瓦礫を超えるときにしっかりと抱え上げられたからだろう。
「というより、兄さん、過保護!」
 ムウの方に抱え上げられたまま、キラはこう叫ぶ。
「……お前にケガをさせると、後が怖い」
 何が、とは彼は口にはしない。だが、キラだけではなくシンを含めた数名にも誰のことを指しているのかわかったようだ。
「……みんな、過保護!」
 こういう事はカガリにしてやれ! というキラの主張はもっともなものではないだろうか。
「いや……彼女には怖いおじさんが付いているから」
 俺が手を出すと処罰されちゃうんだよ〜〜とムウは言い返す。
「でも!」
「ですよね、キサカ一佐」
 しれっとして話題を振られて、キサカが困ったような笑みを浮かべる。
「一応、未婚の女性だからね、カガリは」
 それでもこう言い返されては、誰も文句を言えなくなってしまう。だが、キラとカガリの頬が同じくらいふくらんでいたことは事実だ。
「ムウさん達が過保護なのは、昔からだろう」
 さらに、アスランが追い打ちをかけるようにこう声をかけてきたものだから、さらにキラの頬がふくらんでしまった。
「兄さん達も、アスランも、嫌いだ!」
 そして、こう叫ぶ。
「キラ、あのな……」
「……嫌いって言われてもなぁ……」
 さて、どうしたものか……とわざとらしい口調で返すムウは、あるいはなれているのかもしれない。そんなことをシンが考えてしまう。だが、彼はさらに上手だった。
「俺たちがお前を好きだという気持ちに、代わりはないからなぁ」
 というよりも、変える気がない。
 この言葉には、キラも怒っていられないらしい。
「さすがは、ムウさん」
 アスランの感心した声が皆の気持ちを代弁していた。
「……何か、ものすごくばかばかしくなってきたぞ」
 ぼそっとカガリがこう呟く。
「っていうか……私が彼等と一緒にいたら、キラと同じ立場だったのか?」
 さらに付け加えられた言葉に、
「……君の場合は女性だからな……しかも、ナチュラルだろう?」
 とアスランが苦笑を返している。その言葉の裏に含ませている言葉の意味に、彼女が気づかないわけがない。
「兄弟の存在にはあこがれていたが……こんなのが後二人いるのであれば、鬱陶しいかもしれないな」
 それも慣れなのかもしれないが、と付け加えたのはキラの様子を見ているからかもしれない。彼の場合、抱え上げられていることに文句は言っても世話を焼かれていることには文句は言っていないのだ。
「生まれたときからああやって世話を焼かれていれば、普通になるんじゃねぇ?」
 それにディアッカが口を挟んでくる。
「あぁ、可能性は否定できないな」
 ディアッカの言葉をアスランがあっさりと否定した。
「言うより、ムウさんともう一人はともかく……カナードさんの甘やかしぶりはな。あれの十倍以上凄いぞ」
「あぁ、そうかもしれません。キラさんに縦のものを横にもさせないくらいですから」
 いつもというわけではないが……と一応シンは断りを入れておく。それでも、キラをキッチンに入れたがらなかったのは事実だ。
 カナードが長期の仕事でいないときは、冷凍庫と冷蔵庫が作り置きのおかずで満ちあふれていたことも知っている。
 その理由がどうしてなのかをアスランも知っているのだろう。
「キラをキッチンに入れると、わけもなくものが爆発するからな」
「もう、電子レンジでゆで卵は作ってない!」
 アスランの言葉に、キラがこう言って反発をしてくる。
「そう言うことをしていたのか、お前は」
 あきれたようにカガリがキラを見つめた。
「……でも、まぁ……そのくらい、よくあることじゃねぇ?」
 やった奴をもう一人知っているぞ、とディアッカが笑う。
「……イザークか」
 こう言ってきたのはラスティだ。
「あたり」
 あいつ、紅茶にはうるさいのにな……と付け加えてディアッカはさらに笑いを深めた。
「そういう問題なのか?」
「僕に聞かないでくれる?」
 カガリの言葉に、諦めきった表情のキラが言葉を返している。
「和んでいるところ申し訳ないが」
 その時、彼等の耳にレイの声が届いた。
「どうやら……目的地だ、と思われるが……」
 その言葉に、誰もが行く手に視線を向ける。そこには堅く閉められたドアがあった。