「まさか……シン君までオーブの軍人だったなんて……」
 そんな彼の耳に、キラのこんな呟きが届く。
「……すみません……」
 自分が悪いわけではないのだろうが、ついつい謝ってしまう。
「マルキオ様が心配して手配してくださったんだから、そいつのせいじゃないだろう」
 苦笑と共にこう言ってきたのはムウだ。しかし、その表情にはいつもの余裕は感じられない。それはきっと、機体の操縦になれていないからだろう。
「わかっているんだけどね……兄さん、どこかおかしいなら……直すけど?」
 使いにくいとか……とキラはさりげなく彼に問いかけている。
「大丈夫だ……」
 兄としての意地なのか。それとも別の理由からなのか。ムウは苦笑と共にこう言い返してくる。
「さすがに、ゼロと比べると複雑なだけな」
 まだ、無意識に反応できると言うところまでは行かないだけだ……という彼の言葉にキラはほっとしたような表情を作る。
「そいつのことに話は戻るが……まぁ、護衛と言うよりは友達でも……という意図だったらしいぞ」
 ついでに、カナードにしごかせてレベルアップ……か。そう笑われて、シンは思わず視線をさまよわせてしまう。
 確かにそう言われても仕方がないよな、と言うことは自覚していたのだ。いくらコーディネイターだったとはいえ、訓練を終えたばかりの自分が、誰かの《護衛》を任せられるとは思わなかったのだ。
 もっとも、その結果、キラの知らないところでカナードにあれこれたたき込まれたのは自分にとってプラスだったというのは事実である。もっとも、合格点をもらうまでの日々は、二度とは繰り返したくないものではあったが。
「シン君がいてくれて、いろいろと楽しかったけど……でも……」
 これからは、そういうわけにはいかないのかな……とキラは呟く。
「そんなことは……」
「……ないと思うがな。まぁ、お前の考え方一つだが」
 シンと友達ではなく《護衛》として付き合うつもりなのかどうか。
 この言葉に、キラは小首をかしげる。
「僕は……変わらなくてもいいのかな?」
 どうやら、キラが気にしていたのはそう言うことだったらしい。特別な存在だからこそ、特別な立場にならなくてはいけないのか。そう考えてしまったのだろう。
「変わる必要なんてあるのか?」
 そんな彼に、ムウがさらりと言い返す。
「それとも、お前は変わりたいのか?」
 この言葉に、キラは静かに首を横に振ってみせる。
「僕は……僕以外になれないと思うから……」
 だから、このままでいたい。そう言ってキラは微笑む。
「そのせいで、まだ、兄さん達に迷惑をかけるかもしれないけど……」
 それでもいい? とキラはムウに問いかけた。
「俺たちが『だめ』と言うと思うか?」
 なぁ、と言われて、キラは嬉しそうに笑う。その表情に、シンは一瞬見とれてしまう。だが、すぐにそれではいけないと思い直した。
「俺も……今まで通りでいてくだされば、嬉しいです」
 命じられたからとか、護衛しなきゃない相手だから……と言ったことには関係なく、自分はキラの側にいたい。シンはそう思う。
 あるいは、他の者も同じかもしれない。
 あいつも……とシンは心の中で呟いた。
「そう、なれればいいね……もう、ヘリオポリスはなくなっちゃったけど……」
 他の場所で、また新しい絆を結べるだろうか。キラはこう呟く。
 それ以前に、自分が元の生活に戻れるのか……と心配しているのかもしれない。
 確かに、今の状況ではそう考えても仕方がないのだろう。いや、それ以前からそんなことを考えていたのだろうか。
 だから、マルキオ達は自分に命じたのだろう。
 キラに、自分がオーブの軍人であると悟られるな。そして、できるだけ普通に接しろ、と。
 カナードのことを言及しなかったのは、悟られるなと言っても無理だったからだろう。彼であれば、隠していても絶対にどこからかばれたに決まっている。あるいは、彼が手配をしたのかもしれない、ともシンは考えた。
「でも、キラさんのの力だと、本国のカレッジ……って言うわけにもいかないですしね」
 難しい問題だ、とシンはさりげなく付け加える。
「それに関しては、これが終わったら考えようぜ」
 そっちの方が先決だ……とムウは笑う。
「そうですね。無事に、あちらのそのデーターを渡して……安全な場所に移動することが先決ですよね」
 時間はあるんだし……とシンは頷く。
「……あの連中が、諦めてくれるとは思えないからな」
 きっと、虎視眈々とタイミングをねらっているのだろう……とムウも頷く。
「まぁ、俺もこいつも……キラの側にいるし、アスランの坊主も一緒だからな。心配はいらないだろうよ」
 ラウが付いてこなかったのは不安だが……と呟くのはムウが何かを感じ取っているからだろうか。
「大丈夫ですよ。他にも、あちらから何人か借りてきているわけですし、キサカさんも一緒です。それに……レイも、キラさんを守ろうとする気持ちだけは変わらない、と思いますから」
 だから、彼を信頼して欲しい……とシンは付け加える。
「うん」
 それに関しては、キラが即座に言葉を返してくれた。
 それはまだ、彼が《レイ》を好きだと感じているからだろう。
 レイもまたあそこで自分の本心を告げることができたからだろうか。
 と言うことは、やはりあの男が問題なのかもしれない……とシンは思う。あの男が側にいるからこそ、レイは萎縮して自分自身の意志を口に出すことができなくなっているのかもしれない、と。
 だが、今はまたレイはあの男の側にいる。
 みんなが『大丈夫だ』と言ってくれたが、本当にそうなのだろうか。
「あいつとも、あのころみたいに付き合えればいいのに」
 シンは無意識のうちにこう呟いていた。
「それに関しては、エルスマン氏が手を回してくれるとさ」
 だから心配はいらない、とムウは笑う。口の中だけで呟いたつもりだったのに、やはりこの人は《軍人》なんだ、とシンは思った。それも、自分なんかでは太刀打ちできないほどの経験を持った存在なのだ、と。
 いや、彼だけではない。キラの《兄》達はみんなそうなのだ。  だが、とシンは心の中で呟く。
 かならずいつか、彼等に追いついてみせる。
 その時こそ、大手を振ってキラの隣にいられるのではないか。少なくとも、キラの幼なじみだというあの男にだけは負けない。シンはそう思っていた。

 目の前に広がるのはただの廃墟でしかない。
 だが、どこか懐かしいと感じてしまうのは、自分の錯覚なのだろうか。キラはそんな気持ちに襲われていた。
「……私たちは、ここで?」
 同じ思いを感じていたのだろうか。カガリがこう呟いているのがキラの耳に届く。
「正確には違うな。カガリ……は、ここではなく隣接していた医療施設で生まれた。こっちで生まれはのは、キラとカナードだけだ」
 もっとも、その後はこっちで一緒に育てられていたがな……とムウが説明の言葉を口にする。どうやら、カナードではなく彼が付いてきたのは、こういう事も関係しているらしい、とキラは悟った。
「もっとも……何も残ってねぇな」
 身の回りのものと大切なものを持ち出すだけで精一杯だったしな……と彼は付け加える。
「兄さん?」
 その口調がとても寂しそうでキラはそっと彼の手に自分のそれを触れさせた。
「マルキオ様の所に、そのころのフォトデーターとか、産着やヴィアさんの日記が残っているはずだ」
 機会があったら見せてもらえ……と付け加えながら、大丈夫だ、と言うようにムウは微笑みを見せる。
「……うん」
 本当に大丈夫ならばいいのだが、と思いながらキラはさらに彼にすり寄った。
「なんだ? 今日は甘えんぼだな」
 こう言いながらも、どこか彼がほっとしているような気配が伝わってくる。
「それにしても……こんなに徹底的に破壊されなければいけない理由があったのか?」
 カガリが寂しげに呟く。
「腹いせだろう。一番欲しいデーターが見つからなかった」
 それとも、存在自体が許せなかったのか、と口にしながら、ムウはカガリの頭に手を置いた。
「でもまぁ……俺たちが覚えているからな……後で、教えてやるよ」
 だから、完全に失われたわけではない、という言葉にキラもカガリも小さく頷き返す。
「内部は、とりあえず無事なようです。ですが……警戒だけは怠らないようにされた方がいいかと」
 その時だ。内部を確認しに行っていたアスランとキサカが戻ってきた。そして、こう報告をしてくる。
「そうか」
 そんな彼等に言葉を返したのはタッドだ。
「では、警戒を続けてくれ。我々は……奥へ進まなければいけないのだ」
 そうだろう、と彼はムウに問いかけてくる。
「はい。肝心な施設は……地下にありますから」
 奥へ進まなければ意味はない、とムウが答えた。
「わかった」
 頷くタッドに他の者達は緊張の色を隠せない。だが、ムウだけは普段の態度を崩さない。
「そう言うことだ、カナード」
『わかっている。何かあった場合、すぐに連絡を入れる』
 そのまま呼びかければ、すぐに声が戻ってきた。
『キラ! 帰ってくるまで、ちゃんと守ってるからさ』
『早く、帰ってきてね?』
『こいつら抑えておく自信ないからさ。早めに戻ってきてくれ』
 さらに三人のこんなセリフが続く。
「ったく……仕方がないな」
 戻ったら、しつけ直しか……とムウがため息をついた。
「兄さん?」
「お前がいないと任務に就けないのでは……これから困るだろうが」
 戦争が終わるまで、あいつらも戦いの中にいなければいけないのだ。この言葉は当然なのだろう。しかし、どこか釈然としないキラだった。