「……というわけで、頼むな、キラ」
 明るい口調でムウが声をかけている。
「はい」
 それにキラは小さく頷いて見せた。だが、その表情は少し明るい。おそらく自分にできることを見つけたからかもしれない。
「その前に……お前には会ってもらわなければならない方がいるがな」
 こう告げれば、キラの肩が小さくすくめられる。
「心配はいらない。私も同席するし、アスランもラクス嬢もご一緒だ」
 他にも数名、ザフトの者が同席するが……と付け加えれば、辛うじてキラは愁眉を開いてくれた。
「……ムウ兄さん達は?」
 それでも不安なのか。こう問いかけてくる。
「こいつらは機体の整備だ。カナードはシン・アスカと共にレイ・ザ・バレルに会いに行く」
 キラに会わせられるのはその後だな……とラウは口にした。
「……そう」
 キラの口調から、どこかまだ不安定なのかと思う。だからこそ、慎重を期したいのだがな……とラウは心の中で呟いた。
「何事にも順番というものがある。キラは、カガリ・ユラ・アスハ嬢と会わなければいけない。それはわかっているな?」
 ともかく、キラが納得してくれればいい。それだけで、少しは状況がマシになるかもしれない、と判断してラウは説明を開始する。
「わかっていますけど……」
「彼のことも気になる、と言うことだね」
「……はい」
 素直に認められるだけ、まだいいのだろうか。
「ならば、余計にカナード達に任せなさい」
 彼等なら、きっと、きちんと対処をしてくれる。違うか? と問いかければ、キラは小さく首を横に振って見せた。しかし、それでも自分が……と思うのだろう。あるいは、キラは今でも《レイ》を友人として認識しているのかもしれない。
「何も、ずっと会わせない……というわけではない。ただ……レイ・ザ・バレルよりもカガリ嬢の方を優先して欲しいのだよ。オーブとの関係でね」
 マルキオ様の立場もある……と付け加えれば、キラはようやくその事実を思い出した、という表情を作った。
「マルキオ様に圧力がかかるわけではないがね」
 というよりも彼にそのようなことができる人間はいない。それでも、と言わなくても、キラにはわかったようだ。
「……その人にあった後なら……カナード兄さんとシン君から話を聞いてもいい?」
 キラが小首をかしげつつこう問いかけてくる。
「もちろんだよ、キラ」
「あぁ……うちの三人もお前に会いたがっていたぞ」
 だから、さっさと義務を果たしてこい……とムウも口にした。そうすれば安心したのだろうか。キラはふわりと微笑む。
「では、行こうか」
 待っているからね……というラウの言葉に、キラは頷いて見せた。

「カガリ……それでは、子供が生まれるのを待っている父親みたいですわよ」
 落ち着かないというようにその場をうろうろとしている彼女に向かって、ラクスはからかいの言葉を投げかけた。
「ラクス!」
「だって、そう見えますもの……そうは思われません?」
 皆様、とその場にいるニコルとラスティに向かって呼びかける。それにどう答えればいいのかわからない、という表情を二人は作っていた。
「そいつらも困っているじゃないか」
 それを見たのだろう。カガリが胸を張ってこう言い返してくる。
「単に、下手なことを口にしない方がいい……と考えておられるだけですわ」
 ニコルはともかく、ラスティは普通の方ですから……と付け加えれば本人は複雑な笑みを浮かべた。
「ラクス……そこまでにしておいてくださいますか?」
 不意に入り口の方からこんな言葉が飛んでくる。
「どういう事ですの、アスラン」
「キラにそういう面を見せたいのであればお止めしませんが?」
 ラクスの不満にアスランがこう言い返してきた。さすがに、それはためらわれる事だ、とラクスは思う。キラには自分に好印象を抱いていて欲しいのだ。
「来たのか?」
 その言葉に、カガリが視線を彼に向ける。
「隊長が案内している。ただ、さすがにこの状況にかなりストレスを感じているようだから……不用意な発言だけは慎んでくれ」
 それでなくても、キラの許容範囲を超える出来事ばかりなのだから……という言葉に、カガリだけではなくラクスも頷いてみせる。ヘリオポリスで地球軍がMSの開発を行っていなかったら――でなければ、あの時、ムウから強引に引き離されなければ――知らなくてはいい現実というものもたくさんあったのではないだろうか。
 何よりも、彼は自分たちとは違って《戦争》に関わらなくてもいい立場だったのだ。それが悪いとはラクスには思えない。
「……わかった」
 カガリも同じ事を考えているのだろう。きっぱりとした口調で言い返した。そうすれば、アスランは安心したような表情を作る。
「頼んだぞ。あぁ、キラ、こっちだ」
 脇からアスランに呼びかけがあったのだろうか。彼は視線を向けると優しい表情を見せた。
「本当に、その方が大切なんですね、アスランは」
「まぁ……あいつが拉致られたときは大変だったからな、あいつ」
 自分が元気だったら、きっとそのまま自分が迎えに行ったはずだ、とラスティが言い返す。それは、キラを知ってしまえば当然の行動だろうな、とラクスも思う。
「失礼」
 そんな彼女たちの前に、一番最初に姿を現したのは、ラウだった。その姿に、ニコル達は居住まいを正す。カガリもまた、背筋を伸ばしていた。
「あぁ、気になさらずに。私はただのオブザーバーですからね」
 それはカガリに向けた言葉だろう。実際彼はすぐに部屋の隅へと移動をする。そこには既にカガリの護衛であるキサカがいた。
「……失礼します」
 少し遅れて、キラが姿を現す。
 こちらに来てから、ゆっくりと休めたのだろうか。あちらにいたときよりも顔色がいいように見える。そんな彼の顔を見て、カガリが驚いたような表情を作ったのはどうしてだろうか。
「キラ・ヤマトです」
 部屋の中央で立ち止まったキラが、ふわりとした微笑みと共にこう口にした。
「お会いできて嬉しい……と言っていいでしょうか」
 その微笑みが、少しだけ困ったようなものへと変化する。
「……それについては、私もわからないな」
 カガリがこう言い返す。
「ただ、私は、お前に礼を言わなければいけないと思う。あの時、お前達が私をシェルターに押し込んでくれなければ、オーブは困ったことになったかもしれないからな」
 この言葉に、キラは小首をかしげる。だが、すぐに何かを思い出したという表情になった。
「あの時は世話になった。私が、カガリ・ユラ・アスハだ」
 カガリはこう言って、とっておきの笑みを浮かべる。
「お前が私と同じ母を持っているとは考えもしなかったがな」
 そして、キラに向かって手を差し出した。