「……あちらでは、いったい、何が起こっているんだろうな」
 イザークがこう呟く。
「まぁ……一番の目的は連れ戻したって言うし……後は政治的な話なんだろうよ」
 オーブの姫もあちらにいることだしな……と言い返したのはディアッカだ。
「姫とは思えないけどな」
 あの性格は……とイザークは付け加える。
「それって……言い過ぎじゃないのか?」
 まぁ、女にしておくのはもったいないくらいの『男っぷり』だったが……と笑うミゲルの方がきついセリフを口にしているような気がするのは間違いだろうか。
「と言うことは何だ? 助けられたあいつがお姫様ってか?」
 しかし、次の瞬間、ディアッカが口にしたこのセリフに、イザークだけではなくミゲルも同意だったらしい。思い切り、笑ってみせる。しかし、それではすませないところがミゲルと言うことか。
「じゃ、王子様は誰だ? オーブの彼女じゃないだろう?」
 うちの隊長? と彼は言ってくれたのだ。思わず、イザークは王子様姿のラウを想像してしまう。
 同じものを想像したのだろうか。ディアッカが耐えきれないというように肩を振るわせていた。それがいつ、爆笑に変わるだろうか、とイザークは思う。
「アスランという、可能性もあるのか……」
 しかし、ミゲルは本気で『誰が王子様か』というのを考えていたらしい。こんなセリフを呟く。
「他の人間、という可能性はないのか」
 確かに暇つぶしにはいいかもしれない。
 他人の噂ほど楽しいものはないしな……と普段なら考えないことまで考えてしまうのは、まだ緊張が続いているからだろうか。
 地球軍はあくまでも撤退しただけだろう。
 そして、目の前には民間人を拉致したザフトの艦がある。そして、その関係はかなり複雑だと言っていい。そんな者に下手に首をつっこむくらいなら、こうしてちゃかしている方がいいのだろうか。
「……朱に交われば赤くなる、ということわざもあることだしな」
 あまりほめられた行動ではないとわかっていてもやった方がいいのかもしれない。もちろん、本人達の前で口にするようなことをしなければ、だ。
「しかし、本人に会ってみたいものだな」
 お姫様云々は脇に置いて置いて……とイザークは呟く。
「あいつらの様子を見ていれば……種族にこだわることなど、ばかばかしく思える」
 その中心となっている人間がどういう奴なのか、興味を持ったとしてもおかしくはないだろう。
「それは言えるな。オーブとはいえ……ブルーコスモスよりの連中も多いんだし。知り合いでもない俺たちにもこだわりを見せないのは、側にいた奴がそういう態度を取っていたからだろうな」
 もっとも、その中の一人はどうやらザフトの一員で、周囲を油断させるためにそう見せかけていただけかもしれないが……とイザークは付け加える。
「まぁ……どこまでそれが演技だったか、わからないがな。あいつだろう? それって」
 アスランとイザークに続いて万年三位の一を確保していた奴、とディアッカは呟く。
「あいつは……何を考えていたのかわからなかったからな」
 だからこそ、そんなことができたのだろうか。それとも……と考えかけて、イザークはやめる。
「あいつは今、ヴェサリウスにいるんだ。許可が出たら、本人に確かめればいいだけか」
 全てが終わった後に。そう考えると彼は意識を切り替えた。

 他の者達は気を利かせてくれたのだろうか。
 今、この場にいるのはキラとカナードだけだ。
 だから安心していいはずなのに、何故か不安がわき上がってくるのをキラは感じていた。
「……カナード兄さん……」
 ふっと思いついた、と言うようにキラは口を開く。
「何だ?」
 そうすれば、彼はいつもの通りに優しい声を返してくれる。それは、ヴェサリウスに戻ってくるまでに見せていた姿が間違いだったように思えるほどだ。だが、それが彼の一面であることをキラは知っている。
「……ストライク、だっけ? あれ、今、どこにあるのかな」
「キラ?」
 いったい、何を言いたいのか……と彼は慌てたように問いかけてきた。
「また……戦いがあるかもしれないんでしょ? ラウ兄さんには必要ないかもしれないけど……ムウ兄さんには必要になるかもしれないから」
 だから、とキラは言葉を続けようとする。
「だがな。お前が手を出さなくても、他の誰でもできるんじゃないのか?」
「でも……それじゃ間に合わないかもしれない」
 カナードが自分を戦争に関わらせまい、と考えているのはわかった。しかし、それではいけないような気がしてならないのだ。  理由なんてない。
 ただ、そう思うだけなのだ……とキラは告げる。
「そう、なのか」
 だが、カナードにはそれだけで十分だったのだろうか。なにやら考え込むような表情を作った。
「……兄さん達に相談してからだな。特に、ムウ兄さんが許可しないというのであれば、許可できない。それでもいいのか?」
 この言葉に、キラは素直に首を縦に振ってみせる。
「カナード兄さんは、僕の言葉を……信じてくれるの?」
 そして、こう聞き返す。
「地球軍の動きがわからない以上、な。ラウ兄さんの所の連中だけで対処できない可能性も否定できない」
 その後に彼は何か言葉を続けようとしてそれを飲み込んだ。
「カナード兄さん?」
「その前に……今日はもう休め。その間に、決められることは決めておいてやるから」
 な、とカナードはキラの顔をのぞき込んでくる。
「それとも、添い寝して欲しいのか?」
 そのままからかうかのようにこう問いかけてきた。
「兄さん!」
 自分はそんなに小さな子供じゃない、とキラは言い返す。
「……俺としては、いつまでも小さいままでいて欲しいんだがな」
 そうすれば、腕の中にそっと抱きしめていてやれるのに……と彼は呟く。
「大きくなっても……僕は、兄さん達に抱きしめてもらうのは、好きだよ」
 キラは思わずこう言い返す。そうすればカナードは小さな笑いを漏らしてキラを抱きしめてくれた。