気が付いたときにはもう、手足が拘束されていた。
「……ここは……」
 周囲を見回すがそのヒントになるようなものは何もない。いや、これがザフトの船だ……とわかっただけマシなのだろうか。
「あぁ……そうだったな」
 そんなことを考えていたときに、レイはあることを思い出した。
「シンに、そんな技量があると思っていなかった俺のミスか」
 あるいは、侮っていたと言うことか……と呟いたときだ。不意にドアが開く。
「……ラウ・ル・クルーゼ……隊長?」
 そして、その後ろにいたのは確かキラの《義兄》のムウ・ラ・フラガではないだろうか。しかし、それなら何故オーブの軍服を身に纏っているのだろう。レイはそう思う。
「なるほど……間違いなさそうだな」
 こうしてみれば、そっくりだ……とムウは苦笑を浮かべる。
「気づかないお前の方が、おかしいと思うが?」
「そう言うな。このころはもう、お前とは離れていたしな」
 モニター越しでも顔を合わせることはほとんどなかっただろう……とムウは言い返す。その会話からも、二人が親密な関係なのではないか、と推測できた。
 しかし、何故……と思う。
 ザフトと地球軍のエースが知り合い――あるいはもっと親密な関係なのだろうか――というのはあり得ないことではないのか、と心の中で呟く。
「第一、そういうならカナードはどうする? 俺よりも頻繁に会っていたはずだぞ」
 それに、それとも面識があったんだろう? とムウが口にすれば、ラウは頷いてみせる。
「考えてみれば、あいつらにはその可能性を教えていなかったしな……そいつも、どこまで聞いているんだか」
 都合がいいことだけしか聞かされていない可能性はある……とムウは言い切った。
「あの後、マルキオ様の手の者が向かったときには、もう、全て荒らされていたらしいからな」
 一番重要な施設だけを除いて、とラウも頷いてみせる。
「あちらのデーターは持ち出せなかったようだが……私の方のデーターとサンプルが奪われていたらしいな」
 その中には、誕生寸前だったものもいたらしい、とラウは付け加えた。
「それを持って逃げるように言われていた研究員の遺体も発見された、と聞いている」
 そして、そのそばにはヴィアのそれも……と彼は声を潜める。その理由は何なのだろうか、とは思うが、レイには問いかける勇気がなかった。
「どうやら、そちらの坊主は気になって仕方がないって様子だな」
 俺たちの話が……とムウが視線を向けてくる。
「かといって、こちらの言葉を素直に信じてもらえると思うかね?」
 あの男の元でどのようなことを言われてきたのかわからない……とラウは言い返した。
「お前がそれをはずせば、一発じゃないのか?」
 ムウの軽い口調にラウが大きなため息をつく。
「……私の顔は、ザフトではトップシークレットなのだぞ」
 部下にも見せたことがないのだ、と彼は付け加える。
「だが、このままだと、そいつは真実を知る機会を失うと思うが?」
 それはそれで不幸なことではないのか、と言われてラウは何かを考え込み始めた。
 あの仮面の下に隠されている顔はどのようなものなのか、とはアカデミーに入る前から耳にしていた疑問だ。しかし、それが自分と関係あるとは思っていなかったと言うのがレイの本音である。
 それよりも、彼等の言葉にたびたび出てきた《サンプル》とはいったい何のことなのか。
 彼等の口調にはその単語を口にする度に自嘲の響きが感じられる。
 それはどうしてなのか。
 いや、そもそも、あそこにはいったい何が隠されているというのだろう。
 レイの中に疑問がわき上がってくる。
「仕方がないな」
 それをどうすれば解消できるのかわからずに、レイはただ二人を見つめていた。その前でラウが仮面に手をかける。
「……嘘、だろう……」
 その下から現れた顔を見た瞬間、レイは思わずこう呟いていた。

「キラ……もう少し、食べてくれないか?」
 こう言いながら、アスランがキラの顔を見つめてくる。
「……ごめん……」
 しかしどうしても食欲がわかないのだ。
「デザートだけでも入らない?」
 だが、アスランはどうしても自分にもっと食べさせたいらしい。
「何なら、俺の分のデザートも渡しますけど?」
 そして、シンもまたこう言ってくる。
「……シン君も、好きじゃなかった? プリン」
 何でそれを……と思いつつキラは問いかけた。
「だって……キラさん、やせたから……」
「俺もそう思う。カナードさんもムウさんもそう言っていたし」
 シンの言葉の後を続けて、アスランもこう言ってくる。
「……キラ、大丈夫?」
「プリン、好きなら俺のもやるぞ」
「……お前ら……ともかく、喰えそうなのがあるなら、適当に持ってけ」
「いっそ、フルーツでもお願いすれば良かったですわね」
 さらに、他の四人が口々にこう言ってきた。その言葉を聞いているうちに、キラは自分が悪いのだろうかと思ってしまう。
 確かに、食べられなくなったのは自分だ。
 そのせいでみんなに心配をかけていることもまた事実だし……とキラは思う。でも……と心の中で呟いたときだ。
「キラ。また変なことを考えているだろう、お前は」
 背後からカナードの声が響いてくる。
「カナード兄さん……」
「お前がやせたのは事実だからな……すこしずつでも体重を戻していけばいい」
 これなら食べられるか? と言いながら彼はキラの前に湯気が立っている皿を置いた。その中にはキラが好きな中華粥が入れられている。しかし、こんな手のかかるものを戦艦の厨房で作ってくれるものなのだろうか、と考えてしまう。
「厨房を貸してもらえたからな。作ってみた」
 問いかける前にカナードがその答えを教えてくれる。しかし、どうしてそんなことを……とキラはますます首をかしげたくなった。いくら過保護な彼にしても、ここまでするだろうか、と思ったことも事実だ。
「まだ、厄介ごとが全て片づいたわけじゃないからな」
 体力を付けておかないともたないぞ……と彼は口にする。その中心にいるのはキラなのだから、とも。
「兄さん?」
 それは一体どういう意味なのだろうか、とキラは思う。しかし、彼は目の前の皿をからにしないうちは答えを教えてくれるつもりはないようだった。