「シャトル及びカオスの収容を完了しました」 ラウの耳にこの言葉が届く。その事実に、彼はほっと安堵のため息をついた。しかし、キラの無事を確認したくても、自分はこの場から離れることができない。 「そうだな……あの男にデッキに行くように告げてくれ」 ムウであれば、状況を理解して適切な行動を取ってくれるだろう。そして、彼の顔を見ればキラも安心するはずだ。ラウはそう判断をする。 「わかりました。監視は……必要ありませんね」 確認を取ろうとしたのだろう。だが、すぐに思い直したらしい彼の言葉に、ラウは満足そうに頷いてみせる。 「私も、行ってかまわないか?」 こう問いかけてきたのはカガリだ。 おそらく《キラ》の顔を確認したいのだろう、とは思う。しかし、と目をすがめた。 「申し訳ないが、現在、ここに手を放せる者がいない。貴方をご案内できる者がいない以上、今しばらくお待ち頂けないか?」 それに、とラウはさらに言葉を重ねる。 「できれば、軍医の診察を受けさせ、精神状態も確認させたいと思うのでね」 言外に、キラは精神的に不安定なのだ……と付け加えた。 「あの一件なのですか?」 何かを知っているのだろう。キサカがこう問いかけてくる。 「……あの子は、ご両親の死を目の前で見ていたのでね……」 何が引き金でその時おった心の傷が出てくるかわからない、と付け加えればカガリやキサカだけではなく、アデス達もが痛ましそうに顔をゆがめた。 「ムウが行ったからな。それにカナードもいる。だから、そちらの面での心配はいらないとは思うが、落ち着くまで、待って欲しいのだが」 かまわないかと、ラウはカガリに視線を向ける。 「……わかった……」 そう言うことなら仕方がない、とカガリは頷く。その判断の速さは、ウズミの教育のたまものなのだろうか。 「それに、この戦闘が終わったら、あちらからまた何か言ってくると思うのでね。貴方がいてくれた方がありがたい」 さらにこう付け加えればカガリは今度ははっきりと頷いて見せた。彼女の態度から、もうこれで大丈夫だろうと判断する。 となれば、目の前のことにだけ集中すべきか、と思い視線をモニターに戻す。 「戦況の方はどうなっている? 彼等のことだから心配はいらぬ、と思うが」 それでもあちらの動きがわからない。ラウは心の中でこう呟く。 もし、背後から攻撃を受ければ、いくら彼等でも避けきれない。あちらの艦に《味方》を攻撃する気がなかったとしても、こちらのフォーメーションを知らない以上《万が一》の可能性は否定できないのだ。 それに、と口の中だけで付け加える。 「あの艦にはあの男がいるからな」 キラ達を保護することができた。 しかし、あの男がこのまま黙っているわけがない。その確信がラウにはあった。 もちろん、こちらにしてもそれなりの手は打ってある。カガリがここにいることもその一巻だ、とはわかっていても不安は否めない。 相手の、キラへの執着を、自分は直接聞かされているのだ。 もっとも、あの男は自分がキラの《兄》の一人だ、とは気づいていないらしい。 手元にあの子をおいていてわからないとは、本当に笑えるな……と思っていたこともまた事実だ。 「グラディス艦長なら、心配はいらぬか」 ともかく、今は出撃しているパイロット達が無事に帰ってきてくれることを望むだけか、とラウは意識を切り替える。 その後の事は、その時考えればいいだろう。 「そう言えば……エルスマン議員の所在は?」 連絡があったか、とラウはアデスに問いかける。 「先ほど。現在戦闘中ゆえ、しばらく合流をお待ち頂くよう、お伝えしてあります」 彼の言葉に、ラウは満足そうに頷く。 「では、そちらの安全は確保できるな」 そしてこう呟いた時だ。 「連中が撤退していきます!」 この報告がブリッジ内に響く。 「そう言えば……前回も同じように撤退していったとゼルマンから聞いておりますが……」 いったい、彼等にどのような条件付けがされているのか。それがわかれば、今後の戦闘でこちらの有利に働くかもしれない。 「ムウなら知っているのか」 後で問いかけてみるか……とラウは小さな声で呟いた。 「キラ!」 シャトルから降りた瞬間、声がかけられる。その声にキラは視線を上げる。そうすれば、見慣れた顔が確認できる。 「ムウ兄さん!」 安堵の微笑みを浮かべながら、キラは彼に呼びかけた。だが、どこか違和感を感じてしまうのは何故だろう。 しかし、その理由はすぐにわかった。 「……何で、あんたがそれを着ているんですか!」 オーブの軍服でしょう、それ……とシンがキラの脇で叫ぶ。それにようやく、キラはムウに感じていた違和感の正体を知る。 「兄さん?」 どうして……とキラは彼に問いかけた。 「話せば長いことになるからな……とりあえず落ち着ける場所に移動しよう……といいながら、ムウの手がキラの肩に置かれる。 「他にもいろいろと話さなければならないことがあるしな」 そのためにも……付け加えられてキラは小さく頷く。 「僕も……聞きたいことがあるから……」 こう囁き返せば、ムウ達も何かを察していたのだろう。ため息を漏らした。 「ただ、これだけは忘れるな……俺たちは、お前を愛している。お前は俺たちの大切な弟だ」 血のつながりがあろうとなかろうと……と囁きながらムウはキラの体を抱き上げる。その腕の強さは今も昔も変わらない。 「わかってる……僕の家族は、兄さん達だもの……」 こう言って、キラはムウの首に自分の腕を巻き付ける。 「でも……少しだけ、怖い……」 それでもこう囁けば、ムウの腕がしっかりとキラを抱きしめてくれた。 「いいこだな、キラは」 小さな頃のようにムウがキラをあやしてくれる。そのぬくもりが、ムウの気持ちをキラに伝えてくれた。 |