いつまでも逃げ切れるものではない。
 だが、捕まるわけにはいかないのだ。
 こう思いながら、キラはアスランとともに必死に走る。だが、いくらコーディネイターとはいえ、キラはまだ子供だ。そして、第二世代であるアスランよりも体力面では微妙に劣っているらしい。
 その可能性があることはラウから聞かされていた。
 しかし、こんな状況でそれを実感したくなかった、とキラは心の中で呟く。
「キラ!」
 キラの些細な変化に気が付いたのだろう。アスランが問いかけの言葉を投げかけてくる。
「大丈夫……だから」
 先に行って……とキラは付け加えようとした。しかし、それよりも早く、アスランがキラの手を握りしめる。
「……わかった……がんばって」
 そして、そのままキラを引っ張るようにして走り始めた。
 だが、このままでは二人とも追いつかれてしまうのではないか。それではいけない、とキラは思う。
 でも、どうしたらいいのかわからないのだ。
「……アスラン……」
 ともかく、彼が手を離してくれないだろうか。
 こう考えながら、キラは呼びかける。
「大丈夫だよ、キラ……」
 自分が守るから……とアスランは口にしてくれた。でも、と思うのだ。自分が足手まといになってはいけないのではないか、と。
 そんなことを考えていたからだろうか。
 足下への注意がおろそかになってしまった。そして、普段は躓くようなものがないこの場所でも、今はあちらこちらに小さな瓦礫が転がっている。
「ぁっ!」
 どうして、自分はこうもお約束を実戦することになってしまうのだろうか。
 その瞬間、キラは思わず心の中で舌打ちをしてしまう。
「キラ!」
 しかし、こうなってしまえば今更どうすることもできない。せめてアスランを巻き込まないように手を離そうとした。
 だが、アスランは逆にそんなキラを支えようと自分の方へと引き寄せようとする。
 確かに、体格的に見ればアスランの方が微妙に大きいだろう。しかし、その差はほんのわずかだと言っていいのではないだろうか。だから、こういう状況では何の意味も持っていないと言っていい。
「だめだよ、アスラン!」
 このままでは、二人とも地面に倒れてしまう。
 そうなれば、けがをするのは自分ではなく、アスランの方ではないか、とキラが考えたときだ。
「……えっ?」
 前に行くはずだった体が、何故か上に持ち上げられる。
 一体何が起こったのか。キラは状況がわからない。アスランの顔を見つめても、彼も驚いたように目を丸くしていた。だが、すぐそれは変化する。
「キラを放せ!」
 こう言って、キラを抱きかかえているらしい人物に向かって殴りかかっていく。
「元気がいいな」
 一体誰だろう……とキラが振り返ろうとしたときだ。頭の上から聞き慣れた声が響いてくる。
「ムウ兄さん?」
 視線を向ければ、大好きな彼の笑顔が確認できた。
「……知り合いなの、キラ……」
 不審そうなアスランの声がキラの耳に届く。
 それも無理はないだろう、とキラは心の中で付け加えた。彼は今、地球軍の軍服を身に纏っているのだ。そして、その襟元には尉官であることを示す襟章がつけられている。
 地球軍の軍人がコーディネイターにどんな感情を抱いているか。それを知っていれば当然のことだろう。
「僕の……お兄さん代わりの人の一人」
「……まぁな。この服を見れば納得するが……俺は困ったことに地球連合籍のナチュラルだから、他に行ける場所がなくてな」
 いい加減、退官も考えているんだが……と苦笑混じりにムウはアスランを見つめた。
「まぁ、今はおかげで厄介ごとを片づけられそうだ。ちょっと、我慢しろよ」
 そのまま彼は反対側の手でアスランを抱え上げる。
「何を!」
「俺の知り合いだって方が、後々楽だって言うことだよ」
 あいつらに説明するにはな、とムウは視線をずらす。その先からは彼と同じ制服を身に纏った者達が手に銃を抱えたままこちらに向かってくるのが見えた。
「そう言うことだから、キラも坊主もおとなしくしていてくれよ」
 ちゃんとごまかしてやるから、と付け加える彼に、キラだけではなくアスランも頷いてみせる。それにムウが満足そうな笑みを浮かべた。

「フラガ中尉!」
 駆け寄ってきたのは、先ほど案内を請うた駐留軍の者だ。
「お探しの義弟くんは、見つかりましたか?」
 こう言いながら、彼はキラとアスランを見つめて眉を寄せている。おそらく、二人の容貌から二人が《コーディネイター》だと察したのだろう。
「あぁ。こっちが家のだ。この子は、この子の同級生だな」
 こう言いながらムウは順番に二人の体を抱え直す。そしてそのままそっと彼の耳元に口を寄せる。
「うちの子は……フィエル・チャイルドなんだよ……だから、な」
 そして、こう囁けばそれだけで相手は状況を理解したらしい。小さく息をのんだのがわかった。同時に、これでもう一人のお子様のこともごまかせるだろう、とムウは判断をする。
「それにしても……お子様まで追いかけ回すなんて、最低だとは思わないか?」
 こう口にしながら歩き出す。そうすれば、改めて二人の年齢を確認したのだろう。
「確かに。こんな子供が何をできるって言うんでしょうな」
 彼も頷いてみせる。
「しかし、この子達にとって見れば、中尉がここにおいでだったのは不幸中の幸いだったかもしれませんね」
 でなければ、きっと、厄介な尋問を終えてからでなければ家に帰れなかったに決まっている、と彼は付け加えた。
 その言葉を耳にしたのだろう。キラがきゅっと抱きついてくる。
「でなければ、わざわざ休暇をつぶしに来たりしないって」
 キラのためでなければ放っておいた、とムウは笑う。
「まぁ、手を出した以上、報告はするが……その後は帰らせてもらうとするか」
 こいつが怖がっているから……と口にすれば、どうやら、今度は同情を誘うことに成功したらしい。
「了解です」
 この後の対処は、そもそも自分たちの役目だから、と彼は笑う。
「頼むわ。ご両親が出かけている間、俺が保護者だからな」
 心配するな、とキラに微笑みかけてやれば、彼は小さく頷いてみせる。
「そう言うわけで、もう少し付き合ってくれな」
 今度は二人そろって小さく頷いてくれた。