「カオスの出撃許可を求められていますが?」
 ラウの耳にこの報告が届く。
「許可出してやれ。どうやら、無事に作戦を遂行してきたようだ、彼等は」
 保護してやらなければいけないだろう……と付け加えれば、誰もが納得したような表情を作った。
「なら、現在出撃している誰かを」
「回せる状況か?」
 現状では不可能だ、と言葉を返したのはアデスだ。
「退避するときが一番家撃墜されやすい。第一、彼等に余裕があるかと言えば答えは《否》だろう」
 それに、と彼は言葉を続ける。
「あちらの艦から追尾の者が来て、戦えると思うかね?」
 同じザフトの者同士、戦えるか……という言葉に誰も反論をしてこない。
「大丈夫だ。彼等の目的はあちらにとらわれている民間人を取り返すことだからな」
 そうだろう、とラウは視線をカガリに向ける。
「それだけだ、私たちの目的は」
 即座にカガリがこう言い返してきた。
「……発進許可を出します」
 確かに同士討ちをさせるよりはいいのだろうか。
 それでもこちらに牙をむくかもしれない。その思いが彼の中で渦巻いているのだろう。その声はどこか歯切れが悪い。
「心配はいらない。それとも、私の判断が信用できないのかね?」
 彼等の特性を話しても仕方がない。それよりは自分がそう判断したのだ……と言うことを強調した方がいいだろう、とラウは思う。
「いえ。そう言うわけではありません。申し訳ありませんでした」
 さすがにこう言われては彼といてもこだわっていられないのだろう。きっぱりとした口調で言葉を返してくる。
「確かに、以前は陣営の違いがあったかもしれぬ。しかし、現在は一つの目的でつながっている。いずれ、他の者達とも同じような状況になるかもしれない。それを受け入れられぬのであれば、いつまでもこの戦争は終わらないのではないかな?」
 歩み寄ろうとしている相手を拒絶すれば……と告げれば、彼は申し訳なさそうな表情を作る。
「ともかく、今は民間人を無事に収容すること。そして、地球軍の攻撃を退けること。これだけを考えたまえ」
 その後にまた、厄介な問題が控えているだろう。
 あの男のことだ。キラが手元にいなくなったからと言って諦めるはずがない。
 その時は、不本意だが自分がプラントに移り住んでから作り上げた人脈を総動員して、相手を叩きつぶさせてもらわなければいけないかもしれないな。こう呟く。
「……キラ……」
 彼を守るために自分たちは生きているのだ。
 本人にしてみればそれは迷惑なのかもしれない。
 しかし、あの日々の中で、その目的があるからこそ生きてこられたのは事実だ。ムウやカナードはわからないが、自分はそれがなければ生きる気力すら失っていたかもしれない。だから『キラを守る』と言うことに固執したのだろうか。
 そうだったとしてもかまわない。
 彼のぬくもりをこの腕の中に取り戻せるのなら。
 こんな事を考えながら、ラウは出撃していくカオスの姿を見送っていた。

「……カオス?」
 モニターに映し出されている機体は、間違いなく自分たちのデーターベースにあるものだ。しかし、その識別信号は地球軍のものではない。
「……識別信号はオーブです!」
 即座に確認したのだろう。こんな報告が飛んでくる。
「オーブ、だと?」
 これが《ザフト》の識別信号を持っているのであればまだ納得できる。
 拿捕した機体を自分たちが使う……と言うことはよくあることなのだ。実際、地球軍にも数多くの《ジン》がある。
 しかし、オーブとなれば話は違う。
「一体何故……」
 いや、あの国がどこまで関わっているのか。それがわからないのだ。
「あちらの艦に《カガリ・ユラ・アスハ》が乗り込んでいる……それと関わりがあるのか?」
 それとも……と考えかけてナタルは考えることをやめる。
 もし自分が考えているとおりの事態が起こっているのであれば、その事実を知った者はみな衝撃を受けるに決まっているのだ。だから、うかつに口に出すことはできない。
「艦長!」
「落ち着け。おそらくカオスはこちらには来ない!」
 先ほどもう一隻の艦からシャトルが離れた。おそらく、それを護衛するために発進したのだろう。ナタルはそう推測をした。
「……口惜しいな……」
 おそらく、あれに目標が乗り込んでいるのだろう。自分たちに余力があれば、あれを確保できたはず。
 しかし、現実問題として、あの三機は先に発進したザフトの機体を相手にするのが精一杯。そして、メビウス隊もだ。
「やはり、普通のナチュラルが使えるシステムの開発が急務なのだろうが」
 それができる技術者がいない。
 だからこそ、コーディネイターとはわかっていても、あの子供を確保しようと考えたのだ。
「貴方が、もっと早く頷いてくだされば……こんな手間をかけずともすんだのでしょうね」
 フラガ少佐……とナタルは恨み言を口にする。しかし、それが相手の耳に届かないことは十分わかっていた。

「カオスが出た?」
 その事実はレイダーの相手をしていたアスランも気づいた。
「カナードさんか」
 キラ達を無事に保護できたのだろう。
 そして、それを守るためにカオスが向かったのか。
「なら、大丈夫だな、あちらは」
 ムウやラウ、それに自分たちにも劣らないほど、彼等はキラに執着している。そして、そのそばに戻るためなら、彼等は何でもするだろう。
 それに、彼等が戦うとすれば、それは《ザフト》であって地球軍ではないのだ。
 だから大丈夫。
 後は、目の前の邪魔な連中をこの場から排除するだけだ。
「お前が、望まない方法かもしれないがな、キラ」
 それでも……とアスランは心の中で呟く。
 自分は死ぬわけにはいかないのだ。そして、キラ達を殺させるわけにもいかない。
 その結果、誰かの命を奪うことになったとしてもだ。
「お前が……笑ってくれれば、それだけでいいんだ、俺は」
 今の自分にとって大切なことはそれだけだ、とアスランは呟く。
「今回だって、お前らがあそこであんな事をしなければ……」
 そしてデュランダルがキラを拉致しなければ、話はもっと簡単に終わっていたはず。それを考えれば忌々しさだけが増してくる。
 それを全てぶつけるかのように、アスランは意識を目の前の機体に集中した。