地球軍とヴェサリウスの戦闘。 自分たち同士でない……と伝えれば、キラ達の気持ちは少しだけだが軽くなるのではないか。 そう考えて、レイは急いで彼らがいる部屋に向かっていた。ここが無重力でなければ、全速力で駆け抜けたい、と思うほどだ。 しかし、現実問題としてこの規模の艦では一部分だけに重力を発生させることは難しい。いや、極限られた場所だけであれば可能なのだが、複数の場所にまたがるような通路に限定することは難しい、と言うべきか。 しかも、今は戦闘中だ。 余計なところに使うエネルギーはない。 それでも、彼等がいる場所は最優先で保護されるようになっている。だから、安全だ、と言えるだろう――部屋から出ていなければ、の話だが――とはわかっていた。 しかし、状況がわからないのであれば、不安を感じているはずだ。 いや、それだけならばいい。あの三人の性格からすればこれを好機と逃げだそうとするのではないか。 そんなことをする前に説明をして、何があってもあの部屋から出ないように説得しないといけない。でなければ、本当に危険な状況になったとき彼等を守れないのだ。 「……あちらががんばっているからいいが……」 いつ自分たちにも出撃命令が下されるかわからない。 そして、現在この艦に乗り込んでいるパイロットは自分とルナマリアだけしかいない以上、それは仕方がないことなのだろう。 第一、自分が戦うことが彼らを守ることにつながるならば、それは当然の義務だ、とも思っている。大切な相手を守るために自分はザフトに入ったのだし……とレイは心の中で呟く。そして、大切な相手……というカテゴリーの中にキラとシンも含まれているのだ。 「頼むから、聞き分けてくれ……と言っても難しいんだろうな」 それでも……と呟いたところで、彼らがいる部屋の前にたどり着いた。ロックを確認するが、どうやら開けた形跡はないようだ。 「……良かった……」 と言うことは、彼等はここの中にいるのだろう。 自分に対する気持ちはともかく、いてくれるという事実だけで安心できる。 「問題は……これからか」 自分の説得を聞き入れてくれるかどうか……それにかかっているのだ、とかすかに眉を寄せた。だが、すぐに平静な表情を作ると、ロックをはずす。 「失礼します」 一応、自分だとわかるように声をかけてレイは室内に足を踏み入れる。それが彼の最後の記憶だった。 『失礼します』 端末からレイの声が響いてくる。それを確認して、シンは部屋の中央にいる二人に目配せをした。そうすれば彼等は了承というように頷き返す。 その傍らでドアが開く。 次の瞬間、特徴的な金髪が確認できた。 「悪ぃ」 同時に、彼の首筋に向かって思い切り手刀をたたき込む。そうすれば、レイはうめき声も漏らさずに崩れ落ちた。それを、シンは慌てて抱き留める。 「成功ですわね」 満足そうなセリフと共にラクスが歩み寄ってきた。 「ごめんね、レイ君」 そして、キラは適当に切り裂いたカーテンで作ったヒモでレイの手足を縛っていく。 「キラさん、それって……」 「カナード兄さんが教えてくれたんだ。万が一の時のためにって」 使う日があるとは思わなかった……とキラは苦笑を浮かべる。 「……さすがと言うべきなのでしょうか、カナードさんの教育は……」 微妙ですよね……とシンが表情をこわばらせた。 はっきり言って、普通であればそんな知識なんて必要がないと思われる。しかし、キラはこんな風に相手を拘束する方法だけではなくMSの操縦まで身につけているのだ。確認したことはないが、間違いなく護身術も身につけているだろう。それも、その気になれば軍人の一人や二人相手にできるほどではないだろうか。 「兄さん達のことを考えるとね……必要なのかなって思ってたんだよね」 いろいろと大変な立場みたいだから……とキラはさらりと口にした。 「そうなんですか」 ひょっとして、自分が彼を守るなどと言うことは、おこがましい考えだったのではないだろうか。そんなことすら考えてしまう。 「カナード兄さんだけじゃなく、ムウ兄さんもラウ兄さんも……あれこれ教えてくれたんだよね」 自分の知識の大本は、あの三人から学んだものだ、とキラは付け加える。 「皆様、キラ様を大切になさっておられましたのね」 そういう問題なのだろうか。思わずシンはこう言い返したくなってしまった。 「ともかく、レイ君にはこのまま付き合ってもらうとして……どうする?」 誰が彼を連れて行くか。 キラは言外にこう問いかけてくる。 「無重力ですし……私でも十分お連れできると思いますが……」 ラクスがこう口にした。 「ただ、レイ様が目を覚まされたときのことを考えますと、どうでしょうか」 レイはラクスを重要人物と思っているらしい。だから、そんな彼女を傷つけることはしないのではないだろうか。 「やっぱり、女の子に抱きかかえられて運ばれるのは恥ずかしいよね、男として」 しかし、キラのセリフによってようやく別の可能性に気づく。 と言うことは、自分かキラ……と言うことになる。 それならば、とシンは口を開いた。 「……キラさんに、お願いしていいですか?」 「どうして?」 シンの言葉に、キラが小首をかしげる。 「万が一の時、相手を傷つけなきゃないかもしれません。その時、キラさんにそれができるとは思えませんから……」 申し訳ないが、とシンは言葉を返した。 「キラさんは、誰かを傷つけることが嫌いでしょう?」 だから、自分がやる、とシンは心の中で付け加える。元々、そのために自分はキラの側に来たのだ。しかし、彼の側にいることがあまりにも心地よくて、ついつい本来の目的を忘れかけていた、というのも否定できない事実ではある。 「でも、シン君」 それじゃ……とキラが言い返してきた。 「大丈夫です。銃の使い方も教えてもらっていますから」 それよりも、キラに銃を持たせる方が怖い……とシンが口にした瞬間だ。 「そうだな。その方が俺も安心だ」 彼等の頭の上から声が降ってくる。 「カナード兄さん!」 慌てて視線を向けたキラがこう叫ぶ。 「俺たちもいるぞ」 「キラ、ステラ、助けに来た」 さらに、見知った顔がカナードの背後から顔を出す。その事実に、シンはほっと安堵のため息をついた。 |