「……どうやら、予想外の事態のようだな」
 端末を操作し状況を確認していたカナードがこう呟く。
「戦闘? あいつらじゃねぇの?」
 即座にアウルがこう問いかけてきた。
「スティング?」
 ステラもまた小首をかしげながら仲間の名前を口にする。
「違うだろう。お前らの機体は……既にオーブの識別信号が割り当てられているはずだ。しかし、今外にいるのは……地球軍のMSらしいぞ」
 何か知っているか……と問いかけるよりも早く、二人の表情に複雑な色が浮かぶ。
「どうやら、お前らの他にも似たような立場の連中がいるらしいな」
 普通のナチュラルではザフトの機体と互角に戦う前に、動かすことも難しいだろう。もっとも、それを補うシステムがあれば話は別だが、現実問題としてそれを作れる人間がいるか、と言えば答えは《否》であるはずだ。
 だからこそ《キラ》を手に入れようとした。
 キラの才能であれば、そのシステムを短時間で構築できるはずだ。
 いや、ムウ用であれば、一両日中にでも完成させるかもしれない。
 身体レベルを優先してコーディネイトされた自分とが違い、キラは知能レベルを優先してコーディネイトされている。だからといって、キラ自身は普通の少年なのだ。戦争に嫌悪感を抱いている彼がそれを受け入れられるはずがない。
 自分の機体ですら、キラは戦闘に関わるシステムには手を付けたがらなかったのだ。もちろん、その程度であれば、カナード自身でも可能だったから文句を言うつもりはなかった。
 それよりも、キラの心を優先したい、と思ったことも事実である。
 同時に、ここではそれが難しいこともわかっていた。だから、早くここから連れ出したいのだ、とカナードが考えたときだ。
「……あいつらか……」
 ふっとアウルがこう呟く。
「シャニ?」
「だろうな。後の連中は……あの世に行ったか、まだ、ラボにいるかだろう?」
 自分たちと一緒にロールアウトしたのはあの三人だけだ、とアウルも言葉を返している。
「ロールアウト?」
 それでは、まるでただの《部品》ではないか。そこまで聞いている時間がなかったことに、カナードは少しだけ後悔をする。
「俺ら、あれの部品だからさ。ムウとキラ達はそんなことないって言ってくれたから、他の連中のセリフなんてどうでもいいんだけど」
 彼等さえ、自分を自分と見てくれればいい。
 こう言って笑うアウルに、カナードは自分に近いものを感じた。
「なら、さっさとキラ達を連れて帰るか。考えようによっては……チャンスかもしれないしな」
 艦内の監視が手薄になるかもしれない。
 カナードのこの言葉に、二人は素直に頷いて見せた。

「まさか……ラウ兄さん達と……」
 戦っているわけじゃないよね、とキラは呟く。
「可能性は、否定できませんわ」
 残念だが……とラクスがため息をついた。その瞬間、崩れ落ちそうになるキラの体を、シンが支えてくれる。
「……どうして……」
 同じ《ザフト》内で戦わなければいけないのか。
 いや、その原因が《自分》だ、と言うことはキラにもわかっている。しかし、どうしてそれで戦いが始まらなければいけないのか、と思うのだ。
「ともかく、座りましょう……ね、キラさん」
 顔色が悪いです……と言いながらシンはキラをソファーに導こうとする。
「でも……」
「まずは、休んでください。いざというときに、そんな状況では動けませんよ」
 あるいは、混乱に乗じて逃げられるかもしれない、とシンは囁いてきた。声を潜めているのは、どこかに盗聴器か何かある、という可能性を気にしているのだろう。
「戦闘中ですもの。どのように優秀な方でも、万が一……という可能性は否定でいませんわ」
 もっとも、彼等がそう簡単にやられるはずがない……とラクスは微笑む。
「コーディネイターは同胞意識が強いのです。ですから、キラ様があちらに戻られれば、戦闘は終わりますわ……多分」
 そのための方策を考えよう……と言うラクスにキラは小さく頷いて見せた。
 そう言えば、この艦には《彼》がいるのだ。
 彼がこの状況をただ見過ごしているはずがない。
「……うん……でも、そのためには、ここから出ないと……」
 しかし、レイはしっかりと外からロックしてくれた。それを解除するためにはハッキングするしかないだろう。
「いつ、あいつが戻ってくるか、わからないですからね」
 その心配がないのであれば、十分に可能なのだ。
 キラの服の下には、カナードから渡されたモバイルが隠されている。
 そして、この艦のシステムには、既にキラが作ったウィルスが潜り込んでいるのだ。あるコードさえ打ち込めば、それが動き出す。ただし、そうなれば戦いの際に不利になることも目に見えていた。
「あれは使えないし……やっぱり、早々に逃げ出すしかないのかな」
 できれば、レイが戻ってこないうちに。
「でも、あの様子ですと戻ってきそうですよね」
 そろそろ、とシンはため息をつく。
「いっそ、逆に拉致させて頂きましょうか」
 レイを……とラクスがとんでもないセリフを口にした。
「ラクスさん?」
「本気ですか?」
 このセリフには、キラだけではなくシンも目を丸くしてしまう。
 レイは、あれでもザフトの一員なのだ。そんな相手を素人が拉致できるのか、と考えてしまう。
「隙をつけば大丈夫ですわ。違いまして、シン様?」
 しかし、意味ありげなセリフを彼女はシンに向かって投げつけた。
「シン君?」
 一体どうして彼が……とキラは思う。
「貴方は……何をご存じなんですか?」
 その上、シンはこんなセリフを口にしてくれる。と言うことは、彼にもキラが知らない《秘密》がある、と言うことなのだろうか。
「知らなければいけない、と思っていることの……一部だけですわ」
 シンの問いかけに、ラクスはこう言って微笑む。
「全てを知ってしまえば、それはそれで誰かを傷つけてしまうかもしれませんわ。ですから、一部だけです」
 それに、と彼女は微笑む。
「相手のことを全て知ってしまえば、つまらないものではありませんの?」
 この言葉にキラは頷くべきなのかどうか悩んでしまう。
 シンはシンで、別の意味で悩んでいるらしい。
「……シン様が、どのような理由でキラ様のおそばにおいでなったのか……はともかく、大切なのは今の貴方のお気持ちなのではないですか?」
 確かに、それはそうかもしれない。
「そうだね……僕は僕が知っているシン君を、信用しているから」
 だから、と言えばシンはほっとしたように微笑んでくれる。
「それに……レイ様ともゆっくりお話をされたいのでしょう? ですが、ここでは不可能ですわ」
 デュランダルの影を身近に感じる環境では、レイの気持ちはそれに縛られてしまうだろう……と彼女は付け加えた。
「その可能性は……大きいよね。どういう理由か、わからないけど……」
 それでも、レイはデュランダルをおそれているようだ。そして、それと同じくらい慕っているらしい。だからこそ、レイを彼から引き離さなければ、彼の本音を聞き出すことは難しいだろう、とキラも思う。
「そのための方法を君が身につけているなら……あてにしていい?」
 だから、キラはシンに向かってこう問いかけた。
「キラさんが、そう希望されるなら」
 俺、何でもします! とシンが叫ぶように答えを返してくる。
「では、まず、レイ様が戻っていらっしゃるのをお待ちしないといけないですわね」
 彼が帰ってきた瞬間、意識を奪うか体の自由を奪う。
 その彼を人質にしてこの部屋から逃げ出す。
「……うまくいけば……あの人と合流できるかもしれないしね」
 そうなればよし。
 そうでなくても、適当な脱出ポットを使って船外に出ればいいだろう。後は、ラウを信じるしかないか、とキラは考える。
「うまくいくことを考えないとだめですよ」
 何事も、とシンがキラに微笑みかけてきた。
「そうだね」
 キラもまた笑い返す。
 そんな彼等の耳に、ドアのロックがはずされる音が届いた。