「キラ・ヤマトはアスハの一員として認知されている。貴殿達が行っていることは、アスハの……オーブに対する敵対行為だ、と認知されても仕方がないことだ」 カガリは一歩もひるむことなく言葉を口にする。 「また、キラ・ヤマトと一緒にいる少年も、オーブの国民である。本人の合意なしに拉致された……と言うことは、敵対行為、と認定してもよろしい、と言うことか」 ここで周囲から制止の合図が来ない、と言うことは、自分の言っていることは許容範囲内なのだ、と言うことだろう。 『ですが、少なくとも《キラ・ヤマト》に関しては、私に分がある、と判断していますが?』 「その言い分は通用しない。キラの本当の母君の遺言書がある。それに、貴方の名前は出てこない。そして、キラがコーディネイターである以上、DNA鑑定が意味を持たない、と言うことは貴殿もよくご存じのはずだ」 証明できるのが自分の言葉だけであるなら、意味がない、とカガリは言い返す。これに関しては、オーブを出るときにウズミに言われているのだ。そして、実物も見せられた。だから、胸を張って言い返すことができる。 「つまり、貴殿は自分勝手な思いこみで我が国の国民を、そして、私の一族を拉致した。そう判断していいのだな?」 何よりも、自分が《彼》に会いたいのだ。 自分と同じ卵子から生まれたという少年。 卵子のクローニング――正確に言えば微妙に違うらしいのだが――で作り出された二つのそれから自分と彼が生まれたのだ、という。ナチュラルとコーディネイターに分けられたのは、その方法で作り出された卵子が十分に機能するかどうかを確認するためだった、と聞かされていた。 その事実がショックではなかった……と言えば嘘になるだろう。 しかし、そうしなければならなかった理由は理解できる。 誰であろうと自分の血をひいた子供をその手に抱きたい、と一度は願うはずだ。しかし、自分の体の都合でそれができないのであれば、何とかしたい……と考えても当然だろう。 そのための実験で自分たちが生まれたのなら、それは間違いなく《両親》がそう願ってくれたからに決まっている。 それに、とカガリは心の中で呟いた。 他の連中から聞いた《キラ》の存在に興味を抱いているのだ、自分は。 そして、その相手に好意を持っていることも否定しない。 『困りましたな……私は、私の息子――誰がなんと言おうと、私はそう信じていますのでね――と共に過ごしたいだけなのですが』 しかし、これだけ《脅し》をかけても、相手は気にする様子を見せない。 いや、最初から聞く耳を持っていないのか。 「それならば、正式な手順を踏めば良かろう」 そうしていれば、ここまで大事にならなかったはずだ。カガリはこう言い返す。 『それを許してくれない者がおりましたのでね』 どうやら、本格的に物別れに終わりそうだ。カガリは心の中でこう呟く。と言うことは、不本意だが強硬手段にでなければいけない、と言うことなのか。 「……それだけは、避けたかったんだがな……」 カガリの呟きが、周囲に緊張を走らせた。 「シン君……もう、そこまでにしておいて」 キラの言葉が室内の緊張を、ほんのわずかだが和らげる。 「キラさん、でも!」 「誰にだって、知られたくないことの一つや二つ、あるものでしょ?」 違う? とキラは微笑みを作った。それだけで、シンは言おうとしていた言葉を引っ込めてくれる。 「僕にだって、たくさんあるしね……でも、それにとらわれすぎてはいけないんじゃないのかな?」 そのせいで、正しいことが見えなくなっているのであれば、なおさら……とキラは言葉を続けた。特に、怒りは正しい判断を鈍らせるよ、とも。 この言葉を投げかけている相手はシンだ。 しかし、本当に聞かせたい相手は《レイ》かもしれない。 「確かに、自分で選べないことも多いけど……でも、それ以上に選べることの方が多いよね。だからこそ……しっかりと状況を確認して、それで選択をしないとだめなんだ」 でなければ、何かを失ってしまうかもしれない。 それで得ることがあったとしても、得られないものの方が多かったらどうなるのだろうか。 そちらの方が自分には怖い、とキラは思う。 「あの人が、僕の本当の父親なのかもしれない。でも、それを認めたら、きっと僕は今までの生活を捨てなきゃなくなる。それはいやなんだ」 自分にとって大切なのは血のつながった《親》ではない。 物心付く前から側にいてくれた《兄》達なのだ。 それだけは、絶対に譲れないとキラは言い切る。 「あの人が……妥協してくれれば、こっちだってそうしない訳じゃないけど……あの人は違うようだからね」 話し合う余地さえ残されていれば。そう考えてしまうのは、キラの甘さなのだろうか。 「キラ様のおっしゃるとおりですわ」 それを吹き飛ばすかのように、ラクスが言葉を口にしてくれる。 「キラ様が過ごしていらした十六年は、何者も奪うことができません。それが《キラ》様という存在を作り上げられてきた大切なものです」 それを見ずに、自分の思惑だけ押しつける《デュランダル》が間違っているのだ。 ラクスはこうも言い切った。 「貴方もですわ、レイ様」 不意にラクスは彼へと視線を向ける。 「貴方がどのようなお生まれの方であろうと、そして、どのような育ち方をされていても、今のレイ様がレイ様ではありませんの? そして、そんな貴方だからこそ、キラ様もシン様も、お好きだったのですわ」 違います? という言葉にレイは視線を落とす。 「デュランダル様のお言葉が貴方にとっての《絶対》だとおっしゃるのなら、貴方のご意志はどこにあるのでしょう。そして、貴方がキラ様達を好きだと思われた気持ちは?」 それもデュランダルに命じられたものなのか、とラクスは彼に問いかけた。 「違います!」 この言葉を、レイは即座に否定する。 「確かに、キラさん達に近づいたのは……ギルの指示です……でも、キラさんの側にいたい、守りたい……そう思ったのは、俺の……」 しかし、彼の言葉は最後までつづられることはなかった。 いや、それをかき消すような警報音が鳴り響いた……と言うべきか。 「……何?」 似たような警報音なら、今までに耳にしたことがある。それは、ムウの側だったはず。と言うことは、どういう事なのか、とキラは眉を寄せた。 「確認してきます……ですから、絶対に、ここからでないでください。お願いします」 でなければ、万が一の時に対処できない。レイはこう告げる。 「あなた方を守りたい。この気持ちだけは……決して疑わないでください」 そう口にするレイの瞳にすがるような色が見え隠れしているのはキラの錯覚だろうか。 「わかった……万が一の時に、邪魔になってはいけないものね……」 キラは呟くようにこう告げる。それに、レイが嬉しそうに微笑みを返す。 「すぐに戻ってきます」 こう告げると、彼は部屋から出て行く。その背中を、キラだけではなくシンも複雑な視線で見送っていた。 |