厄介なことになったな……とカナードは小さなため息をつく。 三人だけであれば事は簡単だったのだ。 だが、ここにはもう一人いる。そして、それはあの男の命令を無条件で聞き入れる存在だ。 「どう、するかな」 無理をすれば、一人だけなら何とかできる。それもまた事実だ。だが、と思う。それで他の者が捕縛に動いた場合、キラ以外の二人を守りきれるかどうか。 キラだけ守れればいい、という気持ちもあることをカナードは否定しない。 だが、それでは《キラ》が悲しむ。 「キラは、それでいいんだが」 その優しさは、自分が育ててやったものなのだし……と苦笑を浮かべる。 「どうした?」 だが、その笑みも目の前の喧噪にすぐにかき消された。 なにやら不穏な空気が満ちあふれている。それは主に、シンとレイの間で生み出されているものだ。 自分の知らないところで二人の間で何が起こったのか。 それを確認しようと意識を向ける。 「……シン君」 キラがシンの腕を掴んでいた。それは、暴走しようとする彼を止めようとしているようにも見える。いや、間違いなくキラが心配しているのはそのことだろう。 「大丈夫です。キラさん……いきなり、殴りかかるようなことは、しませんから」 そんなキラに向かってシンが笑顔を向けている。しかし、それは明らかに作っているとわかるものだ。 「ただ、あいつに言いたいことがあるだけです」 「でも、今はそんなことをする暇はないでしょう?」 それに、言っても意味ないことじゃないのか……とキラは付け加える。彼らしくない辛辣なそのセリフから、実は……という感情を抱いていることがわかった。 「……裏切られることに、なれていないからな……」 あるいは、初めてなのかもしれない。だからそれだけショックが大きかったとも言えるだろう。 それに、デュランダルの言葉もある。 あれがキラの精神を揺さぶってくれたせいで、かなり不安定になっているのかもしれない。 「抱きしめてやれれば……いいんだがな」 それで、キラは立ち直れるはずなのだ。 だが、今はそれもできない。 しかし、キラは今、一人ではないのだ。だから、きっと大丈夫だろう……とカナードは自分に言い聞かせる。シンもその点では信用できるし、何よりもラクスがいるのだ。彼女を自分たちの味方につけられたのは、ある意味大きな成果だと言っていい、と思っている。 その彼女の瞳がさりげなくカナードがいる場所へと向けられた。 安心していいというように、彼女は瞬きをする。それよりも、先にするべき事があるだろ、と彼女の瞳が告げていた。 タイミングを合わせるかのように腕につけた端末が、助っ人が来たことを教えてくれる。 「怖いお姫様だ」 カナードはこう呟く。後ろ髪を引かれる思いを隠せないまま、カナードはその場を後にした。 「……言いたいこと……か」 レイが苦笑と共にこう呟く。 「そう言えば、お前の恨み言は聞いていなかったな、まだ」 前の時は時間切れだったか、と彼はさらに付け加えた。 「バカにするな!」 だが、シンはこう叫び返してくる。 「俺が言いたいのはそんな事じゃない! 確かに、俺を盾にしてキラさんを拉致してきたことは今でも許せないけどな!」 それを言うなら、人質に取られた自分の方に怒りを感じる、とシンはさらに言葉を重ねた。 「シン……」 「俺のせいで、結局キラさんがここに来なければならなかった、という事が一番悔しいんだよ!」 むかつく、という彼の腕に添えられたキラの指に力がこもる。 「でも、そのせいでシン君が傷つけられるのは……僕が、いやだったんだ」 そして、柔らかな声でキラはこう告げた。 「わかっています」 キラであればそういうであろう、と言うことは……とシンは彼に言葉を返す。 「だからこそ、余計に悔しいんです! カナードさんに何を言われるかわからないし」 無事にここから逃げ出せたとしても、彼のせいで入院する羽目になるかもしれないじゃないか、とシンは彼に向かって言い返している。 「……お前達は……帰れると、思っているのか?」 いや、シンは帰れるだろう。 だが、彼がキラを手放すだろうか。 デュランダルがどれだけキラに執着していたかを、レイはよく知っている。そして、いずれ出会うキラのために、自分はデュランダルに必要とされてきたのだ。彼を守るための存在として。 もっとも、二度とキラが自分を信頼してくれる日は来ないだろう。その確信が、今のレイにはある。 それでも、自分はキラの側にいたいのだ。 だから、できれば彼にはここにいて欲しい。それがどれだけ勝手な意見かもレイはわかっている。 「帰るさ! キラさんと、一緒にな」 自分たちは、オーブの人間だ、とシンは言い切った。 「……ギルは……どんなことをしても、キラさんを手放さない、と思うぞ……」 彼は、キラを手元に置くことを希求していたのだ。そして、世界を自分の手の中に収めようとしている。そのためであれば、何を裏切ったとしても気にしないだろう。 全ては、自分の理想を追求するためだ。 だから、自分もいつ切り捨てられるかわからない、と言うことも、レイにはわかっている。それでも、自分には彼しかいないのだ。彼の手から離れて、何ができるのかわからない。 「そんなの、知るかよ!」 シンはきっぱりと言い返す。 「誰にだって、自分がどこでどんな風に生きるか、選ぶ権利はあるはずだ!」 違うのか、と彼はレイをにらみ付けてくる。 「それが、選べる環境にあれば、な」 そう言いきれる彼は傲慢なのだろうか。レイにはわからなかった。 |