「……悪い、キラ……僕のとばっちり、だな」 物陰に身を潜めながら、アスランが呟くようにこう告げた。 「どうして?」 しかし、キラにはその理由がわからない。 「アスランが悪いって、あの人達が言った訳じゃないでしょ?」 だからとキラは彼の翡翠の瞳をまっすぐに見つめながら言葉を続ける。 「自分のせいだとわからないうちは、謝っちゃだめなんだって」 それに、アスランがこの状況を意図して作った訳じゃないでしょう、とキラは口にした。そうすれば、アスランの表情が軟らかくなる。 「そんなこと言ってくれたのは……キラが初めてだな」 他のメンバーは違った、と彼は吐き捨てるように口にした。 「アスラン」 彼が今までどんな経験をしてきたのかはわからない。だが、そうやって誰かを切り捨てるようなことをして欲しくない、とキラは思う。 「あいつらにとって、必要だったのは《ザラ家》の息子の友達、という地位だったからな」 しかし、アスランは淡々とした口調でさらに言葉をつづる。 「うちの父は……プラント最高評議会議員だから……」 その息子と仲良くしておけば、自分たちにプラスになるんじゃないのかって考える連中がいるのだ、と彼は全てをはき出そうとするかのようにさらに続けた。 「アスラン……そこまでにしておいて」 そんな彼の言葉をこれ以上聞いていたくなくて、キラはそっと彼の手に自分のそれを重ねる。 「キラ……」 そうすれば、アスランはキラを見つめてきた。 「そんなことを言ったら、僕は……きっとアスランの側にいられないような人間だよ?」 カナード達の言葉からすれば、自分は普通のコーディネイターとは違うらしい。ある意味、プラントにいる彼等から見れば、侮蔑の対象になるかもしれない、ともいわれていた。もっとも、そのおかげで、地球軍からはある程度見逃してももらえるかもしれないらしいが。 「キラ?」 「……僕は、フィエル・チャイルドなんだって」 カナードも、ムウ達ともその関係で家族になったのだ、と聞かされていた。そして、自分が第一世代のコーディネイターである理由もそうなのだ、と。 「……そうだったんだ……」 その意味はアスランにもわかったらしい。 あるいは、これで嫌われるかな……とキラは心の中で呟く。そうだとすれば悲しいけれど……でも、仕方がないだろう。それに、自分にはカナード達がいてくれるから、きっと我慢できるはずだ。心の中でそう自分に言い聞かせる。 「でも、キラはキラだろう?」 キラが自分を自分としてみてくれているのなら、自分も同じようにするだけだ、とアスランは微笑む。 「それに、母上はきっとご存じなんだし……それでもだめだっておっしゃらないんだから、僕も同じようにするだけだよ」 キラがキラであればいいと言ってくれる言葉に、ほっと胸をなで下ろした。だが、それも一瞬のことだ。 「……キラ……」 「うん、わかってる」 アスランの言葉に小さく頷く。そして、新たな隠れ場所を探すためにそっと腰を上げた。 「……まずいかも、な」 情報を分析していたムウがこう呟く。 「ムウ兄さん?」 一体何があったのか、とカナードは思う。 「ったく……せっかくの休暇だって言うのにな」 今の自分の立場が必要になりそうだから仕方がないか……と言いながらムウは立ち上がった。 「キラ達がいるらしい場所の近くで、なにやら暴動が起きているらしい。制圧に乗り出しているのは地球軍だからな」 その彼を引き留めようとするカナードの方に、ラウがそっと手を置いた。 「あれでも、あいつは士官だ。たとえ所属は違っても、それなりの権力がある」 それに、とラウは言葉を重ねる。 「建前とはいえ、あの方が作ってくださったキラのIDを確認すれば、地球軍だって無体なまねはしないだろう」 そう言われても、とカナードは思う。連中は《コーディネイター》を毛嫌いしているのではないか。もっとも、ムウだけは別だろうが。 「フィエル・チャイルド……って、あいつらにとって、そんなに重いものなのですか?」 だからこそ、キラのIDにはそれが追記されたのだろうが、と思いつつ、今まで確かめたことがなかったなとカナードは心の中で呟いた。キラも、きっと同じだろう。 「そうだな。知っておいた方がいいか」 カナードの年齢であれば、とラウは呟く。そして、まっすぐにカナードの瞳をのぞき込んできた。 「フィエル……というのは地球軍の軍艦の名前だ。あいつらにしてみれば、最悪の……という意味で知られている」 なぜなら、その艦は確認ミスにより何の罪もないコロニーにミサイルを撃ち込んだのだ。しかも、それに積まれていたのは核物質だった。そのせいで、その地にいた人々は被爆することになってしまった。 「……被爆をすれば、遺伝子に異常が起きる。その人々が正常な遺伝子を持った子供を持つためには……受精卵の前段階で人工的に傷ついた遺伝子を書き換えてやらなければいけない」 たとえ、本人達が望まなくても、そうしなければ生まれてくる子が辛い目に遭うのだ。その原因を作った人間が地球軍の軍人である以上、そうして生まれた子だけは、認めざるを得ないのだ。 「それに、私たちが一緒に暮らしている口実にもなるだろうからな」 それで保護者を失った子供を引き取って育てたのだ、と言えば誰も疑わないだろう、という言葉も納得できる。 「……目くらましにもなる、と?」 「そう言うことだ」 キラという存在を隠すためには、どのような手段を使ってでもかまわない。 それが自分たちだけではなく大人達にも共通した思いなのだ。 「ただし……お前も、本来であれば守られるべき存在だ、と言うことを忘れるな?」 人工子宮から生まれたのはカナードも同じだ、とラウは口にする。そういう意味では、キラの《兄弟》は彼だけだと言えるのだからとも。 「わかっている……」 だが、それでキラを逃がすことができるのであれば、身代わりになったとしてもかまわないと考えていることもまた事実だった。 「……自分が犠牲になってキラを逃がそう、などとは考えるな」 そんな自分の考えが彼にはわかったのだろうか。ラウはきっぱりとした口調でこう告げる。 「そうなれば、あいつらにあの子をおびき寄せるための餌を与えることになる」 違うか、という言葉にカナードは返す言葉を持たない。 あの子の性格であれば、十分にあり得るのだ。 「……ともかく、もっと情報を集めなければいけないか。端末を借りるぞ」 ハッキングの一つや二つ、しなければならないだろう……と彼は口にする。 「それなら……キラのパソコンがいいよ……」 あの子の趣味は……最近はハッキングだから……と告げれば、ラウは苦笑を深めた。 「なるほど」 捕まっていない、と言うことはそれなりの実力を持っていると判断していいのだな、という言葉にカナードは素直に頷く。 「それに関しては、後でムウと相談することにして……今はありがたく借りておこう」 小さな笑いとともにラウの手が、カナードの頭に置かれた。 |