「……それが、どうした……というのですか?」
 ようやく衝撃が抜けたところで、キラはこう口にする。
「貴方が《遺伝子》上の僕の父親だからと言って、何の権利がある、とおっしゃるんですか?」
 自分でも棘を含んだ口調だ、とは思う。しかし、これがキラの本音だ。
「父や母、それに兄たちが貴方に僕を渡さなかった……というのであれば、それなりの理由がある、と思いますが?」
 貴方が彼等に信用されていなかっただけだろう……という言葉をキラはかろうじて飲み込む。
「君は……自分がだまされているとは思わないのかね?」
 キラの反応が気に入らないのだろうか。どこか忌々しいという態度を崩さないままデュランダルは問いかけてくる。
「だまされていたとしても……両親は命をかけて僕を守ってくれました。兄たちも、同じです」
 そんな彼等を信じないわけがない。
 第一、彼等は十分以上の愛情を自分にくれていた。それが自分を『だますため』の行動だなんて、とてもキラには思えなかった。
「カナードさんとムウさんしか、俺は知らないけど……本気でキラさんを大切にしていたよ、二人とも」
「私もシン様と同じ意見ですわ」
 キラの言葉に、シンとラクスが同意を見せる。
「それが偽りであったとしても、みなが真実だと信じているうちに、真実になるものですわ」
 そして、それを壊すことは誰であろうと許されないはず……とラクスは言い切った。
「まるで……私が悪者のようですね」
 デュランダルが苦笑と共にこう告げる。
「悪者のようではなく、悪者なのですわ」
「……ラクスさん……」
 きっぱりとした口調で告げるラクスに、さすがにそれは言いすぎではないか、とキラは思う。だが、彼女はまったく気にする様子を見せない。
「でなければ、最高評議会の決定を無視されるわけがありませんでしょう?」
 違うのか、と彼女は言い切る。
「キラ様がお帰りになりたい……とおっしゃっている事も無視していらっしゃるではありませんか」
 自分の都合だけをキラに押しつけて……とラクスはさらに言葉を重ねた。
「実の息子をようやく手元に取り戻した父親の気持ちは理解して頂けないのですか?」
 デュランダルはふっと気弱な口調を作ってこう問いかけてくる。それが演技だ、と言うことはキラにもわかっていた。
「ならば、それこそお兄様方の前でお話をされればよろしいではありませんか」
 キラの言いたいことをラクスが全て代わりに口にしてくれる。
 それはいいのだろうか。
 ちょっと悩みたくなるが、だが、自分ではうまく言い返せるかどうかはわからないのだ。それに、彼女は自分が知らない《事実》を知っている、というのであれば任せた方がいいだろう、とも思うのだ。
 兄たちの中の誰が彼女に話したのかはわからない。
 だが、それを話してもかまわない、と思うくらい、ラクスを信頼しているのだろう。そして、彼女はその信頼に足る人物だ、とキラも思うのだ。
「……平行線のまま、のようですね」
 デュランダルがこう言ってため息をつく。
「当たり前だろうが! いきなりそんなこと言われて、すぐに納得できる人間が、どれだけいるんだよ!」
 シンが叫ぶようにこう口にする。
「……なるほど……それでは、ゆっくりと考えてもらった方がいいかもしれないね。もっとも、時間はさほど上げられないが」
 その言葉の裏に、この会見がこれで終わりなのだ、と言う意味が隠されていることにキラは気づいた。もちろん、他の二人も同様だろう。
「そのような態度が、誤解の元だと思いますわよ」
 わざとらしく、ラクスはこう告げる。
「私としても、じっくりと話をさせて頂きたいのですが……そろそろクルーゼ隊長と話し合わなければいけないようなですのでね」
 不本意だが、と口にしながら彼は腰を上げた。
「ここはご自由にお使いください。レイをおいていきますので、何かあれば彼に声をかけてください」
 そして、こう言い残すとデュランダルは入り口の方へと移動を開始する。だが、ドアの手前で不意に動きを止めた。
「できれば、良い結論が出ていることを期待しているよ」
 この言葉に、誰も言葉を返さない。
 もちろん、相手の方も期待はしていなかったようだ。そのまま出て行く。
「……イヤミ、かよ」
 その後ろ姿が見えなくなったところで、シンがこう呟いた。
「レイ、だなんてな」
 自分たちの《友人》――こう言い切るには、現在、複雑な感情があるが――に見張りをさせる気か、と言うシンの言葉にキラも同意だ。
「……でも、どうしてレイ君は……」
 彼の言うことを聞いているのだろうか、とキラは思う。自分たちを彼を天秤にかけて、そうしなければならない理由があるのだろうか、とも。
 いや、自分やシンだけならばまだある程度理解できる。
 しかし、ラクスにも……と言うことが納得できないのだ。
「あいつが、自分を助けてくれたからって……そう言っていたけど」
 それ以上は教えてくれなかった、とシンは口にする。
「あの方が後見人をしている少年ですわね、レイ・ザ・バレルという方は」
 ラクスもまた、こう口にした。
「そのあたりも、調べてみなければ、なりませんわね」
 さらにこう付け加える。その言葉にシンが少しだけ体をこわばらせた。
「シン君?」
 どうかしたのか、とキラは囁きかける。
「ちょっと悪寒がしただけです」
 その理由までは彼は教えてくれない。だが、聞かない方がいいと思うのがキラの本音だった。