キラはしっかりと相手をにらみ付ける。 「そうしていると、君は本当に母君にそっくりだね」 だが、それすら彼には楽しいものらしい。笑みを深めるとこんなセリフを口にする。 その言葉に、キラは眉を寄せる。 彼の言う《母》が、自分を育ててくれた《母》の事ではないことはわかっていたのだ。 しかし、キラにとって見れば《母》は一人しかいない。 「貴方が《誰》の事を言われているのか知りません。僕にとっての《母》はカリダ・ヤマト一人ですから」 だから、先にこう宣言をしておく。 「僕の両親は、あの二人だけです!」 そして、それが実の《母》の願いだ、とあの日カナードが教えてくれた。彼等は自分には嘘は言わない。だから、その言葉も信じることができるのだ、とキラは思う。 何よりも、今の自分がいるのは彼らがいてくれたからだ。 この世に生み出してくれた相手にそれなりの感情は抱いても、彼等以上には考えられない。キラはそう思っている。 「よほど《ご両親》の教育が良かったのかね」 感心したようにデュランダルはこう言う。しかし、その言葉の裏に別の意味が含まれていることにキラは気づいていた。 いや。キラだけではない。 シンやラクスも、彼の言葉の裏に隠されている《棘》のようなものに気づいたようだ。さりげなく、キラの側へと体を寄せてくる。それは、彼の視線から少しでもキラを隠そうとしているようにも思える。 「キラ様は、お父様とお母様がお好きだったのですわね?」 ラクスがデュランダルを無視してこう問いかけてきた。 「えぇ……二人とも、最後まで僕たちを、命をかけて守ってくれましたから……」 今でも、あの日のことを思い出すとキラは息が苦しくなる。 ここに連れてこられる前の騒動を知っているシンが、さりげなくキラの体を支えてくれた。そのぬくもりに、キラはほっと安堵のため息をつく。 「どのような事情で、彼等が僕を両親に預けたのかは知りません。そして、知りたいとも思いません。僕にとっての家族は、今の彼等だけですから」 彼等が自分にとって必要だ、と判断してくれたのであれば、話を聞くだろう、とキラは口にする。しかし、他人であるデュランダルの言葉を信じるつもりはないのだ、とも言い切った。 それが彼の機嫌を完全に損ねたのだろうか。 今までの笑みがその顔から完全に消える。 「キラ様は素敵なご家族と暮らしておられたのですわね」 キラの知らない《何か》を目の前の少女は知っているのだろうか。 それ以上に、目の前の少女の雰囲気が自分が知っているものとは違う何かに変化したことに、キラは驚きを隠せない。もっとも、あのふわふわとした雰囲気よりも今の彼女の方がしっくり来るような気がするのはキラの錯覚だろうか。 「ならば、どなたであろうとも、それを壊す権利はございませんわ」 言葉と共に、ラクスは彼をにらみ付ける。 「必要であれば、私はどのような手段を使ってでも、キラ様とご家族をお守りしますもの。ムウ様のこともですわ。キラ様達のご家族の事情を考えれば、あの方が取られた行動は当然、と受け止められますもの」 だから、大丈夫だ……と続けられたような気がする。 あるいは、それもまたデュランダルに向けられた言葉なのであろうか。 「ラクスさん、貴方は……」 一体何者なのか……とキラは彼女に問いかけた。 「キラ様の、お兄様方の協力者ですわ」 そんな彼に向けて、ラクスは優しい微笑みを向ける。 「そこにいらっしゃる、シン様と同じように」 さらに付け加えられたこの言葉に、キラは思わずシンへと向けてしまった。 「カナードさんに、自分の目が届かないところでキラさんのフォローをしてくれって頼まれているだけです。 そうすれば、シンはけろりとした口調でこう言い返してくる。 「……過保護……」 三人の兄たちの中でも、一番彼が心配性だとはわかっていたが。まさか、年下の彼にまで本気で頼んでいた、とは思わなかった。キラは心の中でこう呟く。 「麗しい兄弟愛……と言うべきなのでしょうかね」 デュランダルが忌々しさを隠しきれないという様子で口を挟んでくる。 「ですが、それは、あくまでも《彼等の事情》からではないからですか?」 キラを含めた、何も知らされぬ者達の都合を無視した……と彼は続けた。 「ですから、貴方にそのようなことを言われるいわれはありません!」 自分たちの家庭内のことだ。他人に口出しされたくない……とキラは言い返す。 「他人……ね」 次の瞬間、彼が意味ありげに微笑む。 「先ほども言ったね。私には君を手元に置く理由と、彼等を――もっとも、そのころ彼等はまだ未成年か――告発する事ができる、と」 その理由を聞いても、そう言いきれるのか……とデュランダルはさらに問いかけてきた。 「残念ですが、貴方のそれは的はずれ……と言われますわよ」 しかし、キラより先にラクスがこう言い返す。 「私、きちんと調べましたもの。オーブにもきちんと問い合わせましたわ」 そのまま、視線をデュランダルへと向ける。 「キラ様の本当のお母様とお育てになったご両親。その間でどのような取り決めがなされていたのか。そして、法的にそれが有効なのかどうかを」 それを知ったからこそ、自分はキラ達の味方をすることにしたのだ、と彼女は付け加えた。 「ラクス様」 まさか、彼女がそこまで手を回していたとは思っていなかったのだろうか。デュランダルの表情にかすかな焦りが浮かび上がる。 「もちろん、父もザラ様もご存じのはずですわ」 さらにそんな彼に追い打ちをかけようかとするように彼女は言葉を重ねた。 「……それでも、事実は曲げられぬ、と思いますが?」 だが、デュランダルにしても諦められない《何か》を持っているのだろう。ゆっくりと立ち上がると彼はさらに言葉を口にする。 「キラ君。君の遺伝子の半分は、私から受け継いだものなのだよ」 デュランダルはこう宣言をした。 「そして、君が生まれたのが、今は閉鎖されているあのプラントだ。原因となった事件の際、君の存在を見失わなければ……君は私の息子、として成長できていただろうね」 さすがにこれは予想もしていなかった。キラは信じられないというように目を丸くする。 「嘘つけ! その時、あんた、いくつだったんだよ!」 シンがこう叫ぶ声すらも、どこか現実味を失っていた。 「十三だったかな。十分、年齢が離れている、と思うが?」 プラントでは《成人》と認められる年齢だよ……とデュランダルは付け加える。しかし、それがどうかしたのか……とキラは心の中で呟いていた。 |