「キラ様!」
 レイに連れてこられた部屋に、ラクスの姿があった。元気そうな彼女の様子に、キラはほっとしたように微笑みを浮かべる。
「ラクスさん」
 そして彼女の名を呼べば、ラクスは柔らかな微笑みをキラに返してくれた。
「ご無事で何よりですわ、キラ様」
 言葉と共に立ち上がると、彼女はキラ達に駆け寄ってくる。
「シン様も、お元気そうですわね」
 そして、シンにも微笑みを向けた。そうすれば、シンが困惑しているのがわかる。さすがに、こんなに可愛らしい相手に満面の笑みを向けられてはさすがの彼も圧倒される、と言うことなのか……とキラは心の中で呟いた。
「ご満足頂けましたか?」
 その時だ。
 今まで聞いたことがない声がキラの耳に届く。
 視線を向ければ、ラウとはまた違う意味で豪奢な雰囲気の男性が確認できた。
 初めてあったはずの相手に、妙な《嫌悪》感にも似た雰囲気の感情を抱いてしまうのはどうしてなのだろうか。キラは自分の感情が信じられない。
「完全に……では、ございませんけどね」
 そんな彼に向かって、ラクスが冷たい口調で言葉を投げつける。
「キラ様とシン様の無事を確認しただけですもの、まだ」
 一番の問題が解決していないだろう、とラクスはさらに言葉を重ねた。
「父からも連絡が来ていらっしゃるはずですわ。キラ様を、クルーゼ様にお引き渡しになるように、と」
 ならば、今すぐ自分たちを解放しろ……とラクスは主張をする。
 ラウが来る……という彼女の言葉に、キラは心の中で安堵のため息をつく。
 プラントに行ってしまった義兄。
 彼であれば、きっと、全てをうまく収めてくれるだろう。自分のことだけではなくムウのこともだ。そう思えるのだ。
「残念ですが、それはできぬ……と既に連絡を返してあります」
 キラを手放すつもりはないのだ、と男は口にする。
「デュランダルさま!」
 ラクスの厳しい声がその理由を問いかけた。
「どうしてですか!」
 そして、キラもまたその理由が知りたい、と思ってしまう。
「僕は、ただのオーブの民間人です! どうしてここに連れてこられたのか、その理由すらお聞きしていません……それよりも、僕を家族のところへ帰してください!」
 自分はただ、彼等と普通に暮らせれば、それだけでいいのだ。
 他には何もいらない……とキラは言外に付け加える。
「……残念だが……私には君を手元に置くだけの理由があるんだよ、キラ君」
 しかし、相手は冷静な口調でこう言い返してきた。
「そして、彼等を告発するすることもできる。君は、今まで君を育ててくれた人々を犯罪者にしたいのかな?」
 さらに付け加えられた言葉に、キラは眉を寄せる。
 いや、キラだけではない。
 シンもラクスも、同じような表情を作った。
「何を、おっしゃりたいのですか、貴方は!」
 キラは相手をにらみ付ける。それに、デュランダルはどこか勝ち誇ったような笑みを返してきた。

「どうやら、あの艦の艦長はグラディス隊長のようです」
 ニコルが淡々と言葉を口にする。
 キラを連れ去った人間が《レイ・ザ・バレル》だと聞いたときから、それはある意味予測していた事実だ、と言っていいだろう。
「だが、グラディス隊長は……決して理不尽な命令には従われない……と」
 たとえ、相手が誰であろうともだ。そうアスランは口にする。
 この判断も、ある意味間違いではない……とラウは思う。
「……ひょっとして、個人的な関係があるとか?」
 まさかと思うが……と付け加えながらムウが口を挟む。
「それに関しては否定できないが……」
 公にはされていないが、二人がかなり親密な関係を築いているらしい、というのは一部のものには知られていた事実だ。
「だが、彼女も公私をきちんと使い分けてくれる人間だ。何よりも、最高評議会の命令をそのようなことで無視する訳がない」
 だが、現実問題として、キラが解放される様子が見られないのは事実だ。
「おそらく……あの事実を知らされた、と言うことか」
 もっとも、あの男にしてもどこまで確証があってのことか……とは思う。
「あれか……」
 忌々しそうにムウが呟く。
「隊長? ムウさん?」
 一体何を言っているのか、とアスランが問いかけてくる。
「さて……ここからのことは、本当に我が家のプライベートな問題なんだが……それでも聞きたいか?」
 それにムウがいつもの苦笑を浮かべつつこう問いかけた。もっとも、その瞳はまったく笑っていないが。
「キラには……知らせたくないことなのですか?」
 アスランが彼に向かって言葉を投げかける。
「……あいつも、うすうすは気づいているらしいんだがな……だが、その事実をあえて公にしたくない、というだけだ」
 それでどうこうなるわけではないが、気持ち的にな……とムウは付け加えた。
「もっとも、あの子がその程度でどうなるわけではなかろう。少なくとも、そんな風に育てた覚えはないが」
 と言っても、実際の側にいたのはカナードなのだが……とラウもムウの言葉に同意を示す。
「そうだな。その程度で壊れるような絆ではないな。俺たちはもちろん、お前にしてもな、アスラン」
 そうだろう、とムウは彼に笑いかける。
「もちろんです。キラは、俺のことを俺自身として見てくれました。だから、俺も同じ事をするだけです」
 キラがキラであればいい、とアスランは言い切った。それは好ましいと思える。だからこそ、彼を手元に呼び寄せたのだ。もっとも、だからといって、特別扱いをした覚えはないと言い切れるが。
「君はどうだね、ニコル」
 もう一人の部下に向かってこう問いかける。
「知っていた方が、後々根回しに都合がいいというのでしたら、お聞きしておきます。もっとも、僕の影響なんて、些細なものでしょうが」
 公言するな、というのであれば黙っている、と彼も告げた。その言葉に嘘はない、と思う。
「キラは……いや、キラとカナードは、と言っておくか。ちょっと特別な生まれ方をしている。そのせいで、ギルバート・デュランダルはキラを自分の息子だ、と思っているのさ」
 それが真実なのかどうか、知っていたのはただ一人の人物だ。だが、その人物は既に鬼籍に入っている。だから、誰も証明できないのだ、とムウは口にする。
「そして、あの二人が生まれた方法が、コーディネイターの未来につながるものなのだよ」
 だからこそ、最高評議会は動いたのだ。ラウの言葉に、二人は息をのんだ。