キサカ一人だけを連れて、カガリはガモフへと乗り込んだ。それは、彼等と敵対する気はない、という意思表示である。
「ようこそ」
 こう言いながら自分を出迎えたのは、同じくらいの年齢の兵士だ。
 一瞬、カガリの姿を見て驚いたような表情を作る。しかし、それはすぐに消えた。
「カガリ・ユラ・アスハ、だ。今回の配慮を、オーブとして感謝する」
 カガリにしても、それを気にするつもりはない。ただ、自分の立場だけはしっかりと知らせておかなければいけないと考えて、こう口にした。
 オーブは、自国民を保護してくれた《ザフト》に多大な感謝を持っている。その証として、自分が来たのだ。そう考えて欲しいと考えている。
 もちろん、本音は違う。
 おそらくプラント上層部にもこの件については話がいっているはずだ。
 だが、今、それを口にすることはできない。
 目の前の人物にしても、どれだけ信頼できるか、自分にはわからないのだ。
「オーブの姫が直々においでとは……光栄の至りですね」
 にやり、と笑いを漏らすと目の前の男はこう言った。その物言いが、カガリにはしゃくに障る。というよりも、気に入らない人物のことを思い出してしまう、と言った方が正しいのか。
 だからといって、目の前の人物にそれをぶつけるわけにもいかない。
 あるいは――こういういい方は気に入らないが――自分を品定めしているのかもしれない、とカガリは自分に言い聞かせる。
「お前、名前は?」
 それでも、このくらいは聞いて当然だろう。そう判断して問いかける。
「私が名乗ったんだ。お前の名前を聞いても、文句はないと思うが?」
 この言葉に、男は面白そうに目を細めた。
「いや、強気だな」
 そうでなければやっていられないのか……という言葉に、カガリの決して太くはない堪忍袋の緒が切れかかる。
「……カガリ……」
 そんな彼女を諫めようとするかのようにキサカが名前を呼んだ。そんな彼に、大丈夫だというように頷いてみせる。
「惜しいな。コーディネイターだったら、無条件で……げっ!」
 何を言おうとしたのかはだいたい想像が付く。しかし、相手は最後まで言葉を口にするととはなかった。
「ったく……このバカが」
 どうしたのか、と確認しなくてもわかってしまう。目の前で、今までカガリ達の相手をしていた男が殴り倒されていたのだ。
「申し訳ありませんでした」
 殴り倒したのも、自分とそう年齢が変わらない相手だった。殴り倒された方の少年とまるで対になっているような色彩を身に纏っている。
「自分は、イザーク・ジュールです。この無礼者はディアッカ・エルスマン。この艦には女性が少ないので、免疫が薄れていた、と言うことで許して頂けますか?」
 こう言われれば、カガリとしてもそれ以上怒りを爆発させられない。それに、と思う。他に気になることもあるのだ。
「ジュールにエルスマン?」
 それは確か、最高評議会議員の名前ではなかったか。
「エザリア・ジュールさまとダット・エルスマン様のご子息がザフトにおられることは聞いておりましたが、ここでお会いできるとは思いませんでしたね」
 どうやら、それに関する事情をキサカはしっかりと聞いていたらしい。彼等に向かって確認の言葉を投げかける。
「自分がすべき事を選択したまでだ。と言うわけですので、ブリッジまでおつきあい頂けますか?」
 艦長と話をして欲しい、と彼は口にした。
「もちろんだ。艦長にもお礼を言わなければいけないだろうしな」
 他にも話し合わなければいけないことも多々ある、とカガリは頷き返す。
「では、こちらに」
 先に立って移動を開始したイザークの後ろを、カガリは素直について行く。その間にも、ディアッカが意識を取り戻す気配は見られなかった。

「無事で何よりだ、フレイ」
 そう言ってで迎えてくれた相手に、フレイはほっと安堵の笑みを浮かべる。
「ナタルさん」
 彼女の名を呼んで飛びつけば、しっかりと抱き返してくれた。
「ご苦労だったね、フレイ。いくら君でも、人一人連れ出すのは難しかったようだね?」
 もっとも、あの艦が早々にザフトに投降したのが原因だったようだが……とナタルは口にする。それにフレイは首を横に振って見せた。
「フレイ?」
「あいつらの一人が、その時にキラを連れ出したのよ! あの子はあの艦から逃げ出す気持ちはなかったようなのに」
 義理とはいえ、あの艦には兄がいたのだ。
 そして、他の者達ともかなり仲良くしていたらしい。少なくとも、フレイの耳に入った情報からすれば、そう判断できた。
 だから、あのまま月に連れて行くことができれば、きっと自分たちに協力させられたはずなのだ、と思う。
「そうか……」
 ナタルが眉を寄せる。
「しかし、プラントへ連れて行かれては……我々としては手出しができないな」
 悔しそうに付け加えられた言葉に、フレイはあることを思い出す。
「違うわ。確か、キラはプラントに連れて行かれたわけじゃないらしいの」
「フレイ?」
 何を言い出すのか、とナタルが問いかけてくる。
「確か、キラを乗せたシャトルがメンデルに向かっている……って、あいつらが言っていたわ」
 何があるのかはわからないが……とフレイは口にした。それでも、あいつらには重要な何かがあるらしい、と言っていた、と付け加える。
「そうか」
 ナタルがこの言葉に小さく頷く。
「わかった。それならば、まだ執れる手段があるかもしれないな」
 目的の少年――フレイの言葉からすれば《キラ》という名前らしい――を自分たちの手の中に収めることができる可能性が残されていると言うことか。
 問題なのは、あの三人の様子だけかも知れない、とナタルは眉を寄せる。
 先ほども、ほぼ互角に動いていたのに、薬の効果が切れたと言うことで後退させないわけにはいかなかったのだ。
 そう考えれば、ムウの元にいた三人の方がまだましかもしれない。もっとも、別の問題があるらしい、とは聞いていたのだが。
「フレイ。父君との回線をつなぐように言ってある。彼女について行きなさい」
 その後でゆっくりと話をしよう……とナタルが語りかけた。それに彼女は小さく頷いてみせる。
 そのまま、フレイはゆっくりと離れていった。
「さて……あいつらは使い物になるのか」
 一番の問題はそれかもしれない、とナタルは思う。
「もっとも、上の判断次第だがな」
 軍人である以上、命令が第一なのだ。自分に言い聞かせながら、ナタルはブリッジへと戻るために床を蹴った。