「キラ?」
 背後から声をかけられて、キラは振り向いた。
「何、アスラン」
 僕、急いでいるんだけど……とキラは小首をかしげてみせる。
「……何って……いつも一緒に帰ってたから……」
 今日も待っていてもらえるかなって教室に行ったらいなかっただろう、とアスランが言い返してきた。
「ごめん。さっき、カナード兄さんからメールが来たんだ」
 すぐに帰って来いって……とキラは苦笑を浮かべながらも、今にも歩き出したい気持ちでいっぱいだった。
「兄さん達が帰ってきているからって」
 久々なんだよ、とキラは付け加える。
「なら、急いで帰らないといけないね」
 これだけでアスランにも事情が伝わったらしい。こう言いながら、彼はキラの背中に手を当てると歩き始めた。その足取りが微妙だが速く感じられるのは、きっと、呼び止めたことを悪いと思っているからだろうか。
「でも、カナードさん以外にキラにお兄さんがいたなんて知らなかったな」
 さりげない口調で彼はこう問いかけてくる。
「兄さんって呼んでるけど……本当の兄さんじゃないから」
 事情があって、自分が生まれる前からうちに引き取られてきた人たちだ、とキラは口にした。小さい頃の自分たちの面倒を見てくれた人だ、とも。
「ムウ兄さんは一回り違うし、ラウ兄さんも九歳上だから……こっちに引っ越してきたときにはもう、別の学校に行ったんだ」
 でも、しょっちゅうメールをくれていたし、時間が許せば会いにて来てくれたのだ、とキラは微笑んで見せた。
 もっとも、彼等がどこの学校に入ったのかまでは口にしない。
 ラウはともかく、ムウの方は他の《コーディネイター》達には知らせられない職業だし……と心の中で呟く。
 ナチュラルである彼が選択できる場所が他になかったから、仕方がないのだと言うことはさんざん他の二人に言われていたから、理解しているつもりだ。そして、彼の態度が変わらないからどうでもいいや……とも思える。
 あるいは、キラ自身が二つの種族に対する嫌悪や区別を持たないからなのだろうか。
 どちらにしても、彼等が自分をかわいがってくれたからだ、とキラは考えている。
「そうなんだ」
 納得したのとは違うだろう。だが、そういう関係だ……と言うことを言われてしまっては、アスランとしてもそれ以上何も言えないのだろう。
「忙しい人たちだから、すぐに帰っちゃうかもしれないんだ」
 カナードも、最近は出かけていることが多いし……と付け加えれば、こちらはアスランも知っているからすぐに頷いてみせる。
「カナードさんも、そう言えば忙しそうだね。何かあったの?」
「……ジャンク屋で仕事をしたいから……ムウ兄さんのお知り合いのところに行って話を聞いているんだって」
 寂しいけど、カナードの将来を邪魔してはいけないよ、と両親からも言われている。それに、キラだっていつ自分の道を決めて家族から離れていくかわからないのだ、とも。それでも、家族の絆は切れるわけではないのだから。
 この言葉は、キラの心の中にしっかりと根付いている。
 それでも、会えるときはできるだけ一緒にいたい、と思ってしまう。
 これも、きっと、彼等がみんな家族だからなのではないか、とキラは考えていた。
「カナードさんなら、きっとすぐ一流になれそうだよね」
 彼は何でもできるから……とアスランも口にしてくれる。
「そうだよね」
 キラは自分のことのように嬉しくなって笑って見せた。
「でもね、ムウ兄さんもラウ兄さんはもっと凄いんだよ」
 自分もカナードも彼等から基本的なことを教わったのだ、と言えば、アスランは感心したような表情を作った。
「そうなんだ」
 なら、本当に凄い人たちなんだね……と彼が口にしたときだ。キラはどこからか視線を感じてしまう。
「……キラ……」
 アスランのことだ。当然それに気づいていたのだろう。
「わかってる……」
 こうなれば、早めに人目のある場所に出た方がいい。
 そう判断して、キラはアスランとともに走り出した。

「……遅いな……」
 時計を見ていたカナードがこう呟く。
「そうなのか?」
 ムウが眉を寄せながらこう問いかけてきた。
「キラだって、もう十二だろう? 道草の一つや二つぐらいするんじゃないのか?」
 自分がそういう経験をしているからだろうか。彼はさらにこう付け加える。
「あなた方が来ているのに、それはあり得ません」
 滅多に会えないからこそ、こう言うときは他の約束を蹴飛ばしてでも帰ってくる、とカナードは知っていた。第一、先ほどのメールの返事できっぱりとそう言いきっていたのだ、キラは。
「何かあった、と言いたいのか?」
 ラウが妙に堅い口調でこう問いかけてくる。
「……最近は、ここいらもブルーコスモスのデモがありますし……何よりも、キラの親友が問題ありで……」
 本人にではないのだが、とカナードは付け加えた。
 というよりも、本人はある意味、キラにとっていい影響を与えてくれる相手だ、と思う。
 しかし、と心の中で呟いたときだ。
「誰なんだ、それ」
 ムウがこう問いかけてきた。
 なんだかんだと言っても、ここにいる三人は自分も含めてキラに甘い。だから、少しでも危険だと判断したら無理矢理にでも引き離すつもりだ、と考えていることはその表情からもわかる。
「……ラウ兄さんなら知っているかもしれないな」
 言葉とともにカナードは視線を彼に向けた。
「というと、プラント関係者、だな」
「……あぁ。アスラン・ザラ、という名前だ」
 この一言だけでラウにはわかったらしい。
「ザラ委員長の息子か」
 確かに、厄介だな……と彼はため息をつく。
「プラントのお偉いさんの息子か……」
 何でそんなのがここにいるんだ、とムウもため息をつく。しかし、いるものはいるのだから仕方がないだろう、とカナードは心の中で呟いた。
「ともかく、キラには発信器を持たせてあるんだろう? 居場所を特定して……迎えに行くのがいいんじゃないのか?」
 三人いれば、いくらでも対処が取れるだろう。彼のこの言葉が一番建設的かもしれない。
 そう判断して、カナードは必要な操作をするために立ち上がった。