「……本当、どうしてやりましょうね、ピンクちゃん」
 小さな声で、ラクスは手の中のそれに問いかける。
 その様子だけを見ていれば、自分を必死に支えようとしているとか、あるいは言葉は悪いが無邪気だといえるのではないだろうか。
 しかし、目の前の人物がそんな存在ではないことをカナードは知っていた。
「お願いですから……勝手な行動をしないでくださいませんか?」
 でなければ、段取りが狂う……とカナードは付け加える。それでは、ラクスだけではなくキラ達も危険にさらしてしまうことになるだろう、とも付け加えた。
「わかっておりますわ」
 さらり、とラクスはこう言い返してくる。
「私にも、状況ぐらいは見えますもの。現状で動くのは得策ではないことぐらい、わかっております」
 そんなことをすれば、艦内の警戒が強められるだろう。それでは、いざというときに逃げ出せなくなってしまう。そのくらいのことはわかっている……と彼女は言い返してきた。
 キラと違って、彼女は見た目にだまされてはいけない。
 それは、間違いなく彼女の《立場》が関係している。
 そんな彼女の立場が悪いとは思わない。
 同時にキラが目の前の少女のような立場に置かれていなくて良かった……とも思う。
 キラにそのような行動ができないとは思わない。ただ、自分が見ていたくないだけなのだ、とカナードは心の中で呟く。
 キラは今の性格だからこそ、可愛いのだし、とも思う。
「ただ……その時が来たら、私の好きにさせてくださいませ。決して、御邪魔はいたしませんから」
 その言葉の裏に隠されているものにカナードは気づく。
「お好きにどうぞ。ただし、アスランに嫌われても責任は取れませんが」
 苦笑と共にこう告げれば、ラクスは満面の笑みを浮かべる。
「かまいませんわ。どうせ、そのうちばれることですもの」
 なら、この場でばらしたとしてもかまわないだろう、と彼女は口にした。だが、すぐに何かに気が付いたというように小首をかしげる。
「でも、キラ様に嫌われるのは辛いですわね」
 せっかく仲良くなれましたのに……と彼女は口にした。
「大丈夫ですよ」
 そんな彼女に向かって、カナードは言葉を返す。
「あの子は、そんなことぐらいで他人を嫌いになるような子ではありません。そう育てましたから」
 この言葉に、ラクスは微笑みを向けた。

「……オーブの獅子が動いたか……」
 この言葉に、誰もが真剣な表情を作る。
「だが、その《キラ・ヤマト》とは一体何者なのだ?」
 別の場所からこんな疑問がわき上がった。それも当然だろう、とパトリックは思う。
「彼は……カガリ嬢の双子の兄弟だ」
 一番重要なことに関しては、伝えなくても十分ではないか。それがパトリックとシーゲル、そしてウズミが出した結論だ。それでも、ウズミがかなり無理をしているのではないか、とパトリックは思う。
「カガリ嬢が養女だ、というのは公然の秘密、だったと思うが」
 それには、他の議員達も頷いてみせる。
「本来であれば、二人一緒に養子に迎えるつもりだったらしい。ただ、あの国にもブルーコスモスはいる。そして……コーディネイターが五氏族家に迎えられることを快く思っていない者も多いそうだ」
 だから、サハクの双子も成人と認められる年齢になるまでその存在を秘められていたのではないか、とシーゲルが口にした。
「カガリ嬢とキラ君も同じ理由で別々に育てられたのだよ」
 ブルーコスモスからその存在を守るために、とパトリックは告げる。
「そして、彼等の実の両親は、ヒビキ博士夫妻なのだよ」
 さらに付け加えた瞬間、議員達の一部からざわめきがあがった。
「彼が進めていた、あの研究。そのデーターを引き出すには、二人のパーソナルデーターが必要なのだ、とキラ君の義理のご両親からお聞きしたしな」
 もっとも、彼等と知り合ったのは本当に偶然だったのだが……とパトリックは苦笑を浮かべる。
「あの研究か……」
 それに真っ先に反応を見せたのはタッドだった。彼にしてみれば、現在の第二世代の受胎率の低下は真っ先に解消しなければならない問題なのだろう。
「完成……とまではいかなくても、あと一息までのところまではこぎ着けていたのは事実だ。実際、母体の問題であれに移された受精卵が、無事に出産までこぎ着けた事例がある」
 そして、どこに問題があるのかもわかりかけていたはずだ、と口にしたのはシーゲルだ。
「あの時……ブルーコスモスにあの研究が知られさえしなければ、あるいは、既に完成していたかもしれんな」
 ユーレン・ヒビキはナチュラルとはいえ、優秀な研究者だった。だが、それが裏目に出たことも事実だと言える。
「我々の中に《ナチュラル》が完成させた研究だから、という理由で、我々の未来を託せるであろう技術を否定する者はおられまい」
 言外に、あのころの最高評議会――もっとも、あのころはそういう名称ではなかった――の議員達の中にそのような考えを持っていたことが多いのだ、とシーゲルは口にした。
「本来であれば、彼の研究こそ、我々がバックアップすべきものだったのにな」
 だが、ユーレンは自分たちのためにそのデーターを残しておいてくれたのだ。
 そんな彼の子供達を守るのは、そんな彼に対して自分たちができる唯一のことではないか、とパトリックは苦笑を浮かべた。
「まだ、彼を保護することにご反対の方はいらっしゃるかな?」
 シーゲルがこう問いかける。もちろん、誰も反対の意を表明する者はいなかった。