「……まったく……」
 二人の姿が見えなくなったところで、キラはわざとらしくため息をついてみせる。そのまま、シャワーブースへと向かった。
 からんをひねってお湯を出すものの、服を脱ごうとはしない。
「逃げ出す手助けをしに来てくれたわけ?」
 それとも別の理由? とキラは視線をその奥へと据える。
「残念だが……忍び込むだけで精一杯だったよ」
 ここの監視システムは尋常ではない……と口にしながら黒ずくめの青年が姿を見せた。
「来ただけでもほめてくれ」
 これでも苦労したのだ……と彼は苦笑を浮かべつつ口にする。
「そうかもしれないけど……」
 でも……とキラは思う。自分がここにいることで他の誰かの迷惑になっているのであれば、さっさとこんなところを逃げ出したいのだ。
「大丈夫だ」
 すぐ側まで寄ってきたカナードがそっとキラを引き寄せる。
「少なくとも、俺は迷惑だとは思っていない……ここからお前達を連れ出せないことだけが不満だがな」
 自分の力不足が悔しい……と彼は囁いた。
 その言葉に、キラの中に巣くっていた怒りがあっさりと霧散する。同時に、自分は彼等に側に来て欲しかったのだ、とそう自覚した。
「……会いに来てくれただけで……いいよ」
 見捨てられてないってわかったから……と付け加えながら、キラは彼の肩に額を押し当てる。
「何で俺たちが、お前を見捨てるんだ?」
 カナードの手が、キラの髪を優しくなでてくれた。
「お前がいてくれたからこそ、今の俺たちがいるのに?」
 逆に言えば、キラがいなければ自分たちはとっくの昔にバラバラになっていたに決まっている。カナードはこう付け加える。
「……俺たちに、直接、血のつながりはないからな……」
 気づいていただろう……という言葉に、キラは小さく頷いて見せた。ムウとラウだけではなく、カナードとも血がつながっていないことは物心付いた頃から気づいていた。それだけではない。あの優しかった両親とも直接の血のつながりがないという事実もキラはわかっていたのだ。
 小さな声でこう告げれば、彼の体を抱きしめるカナードの腕に力がこめられた。
「俺たちが心配しているのは……お前の前に、実の《親》と名乗る人物が現れたとき、お前がどうするか……だ」
「何で、そんなことを聞くの?」
 カナードの言葉を耳にして、キラは目を丸くする。
「僕の家族は兄さん達だよ? 僕の両親は、父さんと母さんだよ? 他の人なんて……知らない」
 カナード達がいてくれればそれでいい……とキラは言い切った。
「……知らなくてもいいがな……これだけは覚えておけ。お前には双子の姉がいるぞ」
 実のな……とカナードは爆弾を落としてくれる。
「カナード兄さん?」
「詳しいことは、俺の一存じゃ言えないが……さすがに、お義父さんにもお義母さんにも子供を五人引き取って育てるのはむずかったらしい。だから、ナチュラルだったお前の姉だけが他の人に引き取られたんだよ」
 お互いに子供の様子だけは知らせあっていたらしい……とカナードは落ち着いた口調で告げた。それは、キラが想像もしてみたことがない内容だった。
「だから、もし、そいつと会うことになったら……そいつだけは受け入れてやってやれ」
 本当であれば、一緒にいるべきだった存在なのだ、と。
「……僕のお姉さん……」
 それも同じ血を分けた……とキラは呆然と呟く。
 同時に、新たな疑問がわき上がってくる。
 それならば、どうして自分の本当の《両親》は自分と姉を二つの種族に分けて誕生させようなどと考えたのだろうか。
 こんな事を考えてしまう。
「きっと、ここから解放してやる。そうしたら、彼女に会わせてやるよ」
 だから、もう少しだけ我慢してくれ……とカナードは口にする。
「兄さん達もこちらに向かっているそうだ」
 合流できたら、すぐにここから出してやるから、と彼は付け加えた。
「うん……」
 その言葉に、小さいながらもしっかりと頷く。
 彼等が来てくれるならば大丈夫。
 一人だけでもそんな気持ちにさせてくれるのに、全員がそろうのだ。だから、きっと、カナードの言うとおりになるだろう。キラはそう考えた。
「でも……そろそろシン君が限界かもしれない……」
 小さな声でこう呟く。
「かもしれないな」
 だが、カナードの言葉の中にはキラが考えていたものと微妙に違う色合いが含まれていた。

 たとえ一部でも、艦内の様子を確認できればいざというときに役立つだろう。シンはそう考えて、艦内の作りを脳裏に刻みつけようとしていた。
「……ここが、展望デッキだ。ここなら誰も来ないし……好きにしていいぞ」
 広い場所に出たところで、レイはこう口にする。
「俺を殴ろうが何しようが……ここでなら、不問にするように手配してある」
 だから好きにしろ、と彼は付け加えた。
「レイ?」
「そう、したかったのだろう? 少なくとも、お前は」
 違うのか、とレイは問いかけてくる。
「何故、そう思ったんだ?」
 レイがどうしてそんなことを考えたのか。それが知りたい、とシンは思う。
「違うのか? 少なくとも……この前のお前はそう考えていたはずだ」
 だから……と彼は口にする。それは、彼が自分の行動に後悔の念を抱いている、と言うことなのではないか。
「だったら、最初からキラさんを拉致する代わりに、もっと別の方法をとれば良かったんだ!」
 そうすれば、少なくともキラにあんな視線を向けられることはなかったはずだ、とシンはレイをにらみ付ける。
「……それが……できればな……」
 シンの言葉に、レイは視線を落とした。
「俺は……ギルには逆らえない。あの人が……俺を救ってくれたからな……」
 でなければ、処分されていたのだ、自分は……とレイは付け加える。
「……どういう事だよ、それは!」
 だが、答えは返ってこなかった。