「……このまま、オーブに連れ戻されるわけにはいかないのよ……」
 フレイはこう呟く。それでは、父から託された仕事を果たせないではないか。そう思うのだ。
「忌々しいったら……」
 何で、自分たちの思うとおりに物事は進まないのだろうか。
 自分たちの思想は正しいはずだ。
 だからこそ、協力者が増えているのに……どうして、ここの者達は違うのだろうか。
「第一、何で、ザフトなんかに負けるのよ!」
 地球軍は強かったのではないか。
 まして、この艦の責任者はあの《エンデュミオンの鷹》ではなかったか、と。
 思想的に問題はあるが、実力は折り紙付きだ。父はそう言ってた。そして、彼がコーディネイターに同情的だとしても、それが《キラ》の存在のせいだ、と思えば納得できる。
 自分だって、彼は気に入っているのだ。
 ナチュラルの役に立つのであれば、その存在を認めてもかまわない。そう思えるようになっていたのは事実なのだし、と。
「だって、キラは……好きでコーディネイターとして生まれたわけじゃないもの」
 そして、その両親も好きで彼をコーディネイトしたわけではない。あの事故がなければ、きっと、キラはナチュラルとして生まれたのかもしれない。そうも思う。
「女なら、好きな人の子供を産んであげたい……っていうのは当然の気持ちだもの」
 だから、キラについては問題がない。
 キラ個人も、好ましい性格だし……と。
 しかし、今、視界の先にちらちらと映る連中は違うのだ。
 あいつらはコーディネイターがコーディネイターのために生み出した連中。自分たちからすれば、存在を認められない者達だ。
 そんな連中が我が物顔に艦内を闊歩している。
 苦痛だという以上の感情がフレイの中にはあった。
 その上《キラ》まで奪われてしまったし……と。そう考えればいまいましさがさらに増してくる。
「本当……どうすればいいのかしら」
 自分一人ではどうしようもない。しかし、このままではどうしようもないのだ。
 今までの自分からは考えられないくらいフレイは必死に考えていた。

「……ラクス、元気かな」
 ふっとキラはこう呟く。
「無事だとは思いますけどね」
 確かに確認できないから不安だ……とシンも頷いてみせる。
「顔を見に行ければいいんでしょうが……」
 それを許可してくれるかというと問題だろう……と彼は付け加えた。それはキラも同じ考えだ。
「少しは気分転換したいですよね、本当に」
 部屋の中だけでは運動もできないし……とシンはため息をつく。どうやら、彼も精神的に圧迫感を感じているらしい。キラにしても、少しは気分転換をしたいと思うのは事実だ。
「そうだね。せめて……少しだけでもいいから違う風景を見たいよね」
 だから、こう言ってシンの言葉に頷いてみせる。
「と言っても……無理そうだね」
 自分たちを連れてくるように命じた人間が誰であるのか。それすらもレイは教えてくれない。何よりも、自分たちがどうしても今の彼を信頼できないのだ。そんな彼に頼むのは虫が良すぎるだろう……とキラは思う。
「でなければ、本か何か、あればいいんだけど……」
 それだけでもかなり気分転換ができるはずだ。
「そうですよね。でないと、とんでもないことをしかねないし」
 ふっと、シンが声を潜めるとこう呟く。
「とんでもないこと?」
 何? とキラはそんな彼に問いかける。
「……聞かないでください……」
 それに、彼はこう言い返してきた。
「あぁ、ごめん」
 ふっとあることにキラは気づく。自分はそちらの方にあまり興味がないから気が付かなかったが、シンにしても年頃の年齢だ。二人一緒ではできないこともあるだろう。
「しばらく、バスルームにこもる? それとも、僕が移動しようか?」
 だからこう問いかける。
「あぁぁぁぁぁ……違います!」
 そんなキラに向かってシンが慌てたようにこう叫んだ。
「そっちの方は、適当に処理してますって……」
 だから心配はいらない、と彼は付け加える。
「じゃ、何?」
 キラは小首をかしげながら問いかけた。暇だっただからか。ついつい興味が出てしまったのだ。
「……聞かないでください……」
 お願いですから、とシンは頭を抱えている。
「そんなことを口にしたら……絶対、カナードさんに殺されます、俺が」
 でなければ、ムウだろうか。
 どちらにしても、無事にすまないだろうと彼はさらに付け加えた。
「どうして、兄さん達が関係あるの?」
 訳がわからない、とキラはさらに悩む。
「お願いですから、聞かないでください!」
 しかし、こうまで言われてはそれ以上追究することができない。小さくため息をつくと、キラはわかったというように頷いて見せた。

「……内部に侵入できればいいんだろうが……」
 モニターに小さく映し出されている船影を確認しながら、カナードはこう呟く。
「いくら何でも、これじゃ近づくことも無理だろうしな」
 どうしても細くされてしまうだろう。そうなれば攻撃をされてしまうことは目に見えていた。
「まぁ、方法がないわけではないんだが……」
 実際に実行に移すかどうかは彼等と相談しなければいけないだろうが。だが、自分の技量であれば、十分に可能だろうという自負がカナードにはある。
 しかし、下手に行動に移してキラ達を危険にさらすわけにはいかない。
「あいつに、キラを殺すつもりはないのはわかっているんだ」
 だから……と思う。今は、我慢することも重要だろう、と判断したのだ。
「あそこにさえ、入られなければ……時間は稼げるんだ」
 もっとも、それこそ時間の問題なのだろうが……と呟く。だから、早く彼等がこの場にたどり着いてくれないだろうかとも。
「キラ……」
 自分が知らない真実を目の前に突きつけられたときの衝撃はどれだけだろう。それが、あの子の心に治らない傷を与えなければいいが。そう祈るしかできないカナードだった。