デュランダルの許可は取った。というよりも、半ば強引に承諾させられた……と言うべきか。
 だが、とレイは思う。
 自分が顔を出しても彼等は喜ばないだろう、と思うのだ。
 だが、とも考える。
「これを……渡さないわけにはいかないよな……」
 彼のことだ。自分以外の誰にも食事を運ばないよう命じている可能性はある。いや、間違いなくそうしているだろう。
 つまり、自分が食事を渡さなければ、彼等は閉じこめられたまま何も食べることができない、と言うわけだ。さすがに、それはまずいだろう、とも思う。
「なじられるのも、嫌われるのも、憎まれるのも、覚悟していたことだ」
 キラに関しては、その存在が自分の中で《唯一》なものであることは事実だ。しかし、絶対的な立場を持つデュランダルの言葉は、彼の意志よりも優先される。もちろん、自分の意志よりもだ。
 だから……とは思うのだが、どうしても割り切れない。
 それが自分の意志のせいだとわかっている。それでも、だ。
「……割り切らない、とな」
 怒りを向けてくれると言うことは、彼等がまだ、自分になにがしかの感情を抱いてくれている、と言うことだ。それよりも、一番怖いのは無視されることかもしれない。
「だから、我慢しないとな……」
 こう考えることで、少しだけだが自分を慰めることにする。
「失礼」
 そして、できるだけ冷静な口調で中に声をかけた。そして、ロックをはずす。
「食事です」
 言葉と共に室内に踏み込んだ。
「……何しに来たんだよ」
 即座にシンの冷たい声が飛んでくる。
「シン君……」
 それをキラが制止した。
「きっと……レイ君には、レイ君の事情があったんだよ……その服は、ザフトの人の物のはずだし……」
 軍人であれば、どんな理不尽な命令でも聞き入れなければならない、とムウが言っていた……とキラは付け加える。
「キラさん、そうですけど」
 しかし、納得できないのだろう。シンはそんなキラにもくってかかっている。
「でも、理解できるかどうかは……別問題だよね」
 そんな彼に向かって、キラは呟くように口にした。
「君の立場は理解できるけど……それを許せるかどうか、と言われたら、できない……としか言えないんだ、僕には」
 さらに、キラはレイへとすみれ色の瞳を向けてこう告げる。
「……わかっています……」
 レイはそんなキラの言葉にこう返す。実際、それは覚悟していたことだ。それでも、彼の口から直接『嫌い』と言われないだけマシなのかもしれない、とレイは心の中で呟く。
「ともかく、食事を取ってください」
 ここで倒れては意味がないだろう。礼はこう言いながら持ってきたプレートをテーブルの上においた。
「味に関しては、保証します……」
 少なくとも、地球軍の艦の食事よりはいいのではないか、とレイはさらに付け加える。
「味は良くても、環境は最悪だよな。ここ」
 シンが吐き捨てるように口にした。
「あちらの艦だと、まだ自由に出歩けたぞ」
 範囲は指定されていたが、少なくとも展望室や食堂と言った居住区内は自由に移動ができた。しかも、そのような場所にいる軍人達は、予想以上にコーディネイターである自分たちに寛大だったではないか、とシンは告げる。キラにいたっては、もっと広い範囲を移動できていたはずだろう。
「同胞の船がだめで、ナチュラルの船では許可される。おかしいと思わないのかよ」
 シンの問いかけに、レイは返すべき言葉を見いだせない。
「……食事をするときぐらいは、少しでも気分良い状況で食いたいよな。だから、お前の顔は見たくない!」
 言外に出て行け、とシンは告げる。
「キラさんの食が細いのは知っているだろうが!」
 さらにこう付け加えられては、レイとしてももう反論のしようがない。
 割り切れたつもりだったのは、表面だけだったのか、とレイは心の中で呟く。だが、それも自分の選択の結果である以上、甘受しなければいけないのか、とも思う。
 それでも、とレイは心の中で呟く。
 自分は、また、あの日々を取り戻したいのだ。
 つい先日まで身近だったあの世界は今はもう遠い。その事実がとても悲しく感じられる。そう思いながら、レイは部屋の外へと向かった。

「……本気ですか?」
 彼の言葉に、誰もが驚きを隠せない。
「本気だ。あの子には、既に一部を除いて真実を伝えてある。そして、あちらの子も、我らに関係がないわけではないのだよ」
 苦笑と共に彼は言葉を重ねた。
「だから、だ。十分に理由はなる……何よりも、地球軍を隠れ蓑にしているあれらを引きずり出すには十分だろう」
 それが、オーブという国を守ることにつながるのではないか、と彼――ウズミは口にした。
「既に、プラント最高評議会とはパイプができている。そして、地球連合の、非主流派ともな」
 彼等と協調すればこの戦争を終わらせることも可能だろう、とウズミはさらに言葉を重ねる。
「それこそが、我らの希望なのではないかね?」
 違うか、という言葉に、誰もが否定の意を表さない。
「彼等には不幸だったかもしれぬが、今は一番の好機なのだ」
 このくだらない戦争に終止符を打つには……とさらにウズミは付け加える。
「幸い、我らの手には地球軍がヘリオポリスで行ってきたこと、同時にブルーコスモスが内密に行ってきた許し難い事実の証拠がある。それを有効に活用するべきではないかな」
 そのために、今まで尽力を尽くしてくれた者達もいる、という言葉に、この場にいる誰もが一人の顔を思い浮かべた。
「彼等の行動にも報いなければなるまい」
 まずは、真実を公にすること。
 同時に被害を受けた人々に新たな安住の地を与えること。
 そして、大人達の思惑で断ち切られた絆を再び結び直してやること。
 オーブの首脳陣として、そして、一人の親として何が何でもやらなければいけないことなのではないか、とウズミは告げる。
 それに異論を挟む者は誰もいなかった。

 即座に、クサナギとムラクモ、二隻の船がそれぞれの目的を持って宇宙へと飛び立つ。その中に、ある決意を持って一人の少女が乗り込んでいた。