どうしても、この手に欲しい《女性》がいた。
 しかし、その人は既に他人の《妻》で……私がどうあがいても手に入れることは不可能だと思えた。
 いや、可能性がなかったわけではない。
 しかし、彼女が《夫》を愛していると言うことは十分に伝わってきた。自分が割り込むことはできないのでは、と思えるくらいに二人の絆は強かったのだ。
 それでもあきらめることができなかった。
 だから、せめてその人の《遺伝子》と自分のそれを合わせ持った《子供》が欲しいと思った。
 もちろん、彼女の《夫》がそう簡単に飲んでくれるはずはない。
 だが、こちらに関しては可能性がなかったわけではない。
 あの《男》は多額の研究費を必要としていたのだ。
 そして、男の研究は完成すれば、自分の最低限の望みだけは叶えることができそうだった。
 幸か不幸か、自分はあの男が欲しがっている《研究費》を出せるだけの財力を持っている。
 だから、今後生まれてくるはずの《子供》を担保に、男に研究費を出してやるのはやぶさかではない。そもそも、自分も男が研究している内容には興味があるのだから。
 その知識は自分にとってもプラスになるはずだ。
 彼等から学べるはずの知識は、いずれ、自分をさらに高い地位へと導いてくれるだろう。
「その時には……」
 自分は全てを手に入れられるはずだ。そして、それをあの女性の血をひく子供に手渡してやろう。
「……貴方にはできないことですよね」
 ふっと、笑みを口元に刻む。
「私が全てを手に入れるための踏み台になって頂きましょうか」
 この呟きは、彼以外の耳には届かなかった。

 そして、彼の思い通りに話が進んだか……に見えた。
 かの女性と、彼の血をひく子供はこの世に誕生し、それに伴いシステムもほぼ完成といえる状態までたどり着いた。
 これで、未来への新たな道が開けた、と誰もが思ったのだ。
 だが、最後の最後で詰めを誤ったのか。
 それとも、あまりに順調に事が進みすぎたせいで、誰かが邪魔をしようとしたのか。
 全ては炎の中に消えてしまった。
 心ひかれた女性の命も、その夫の命も……そして、その研究の成果も、だ。
 自分の遺伝子を持った子供の命も、その時に失ってしまった。
「……誰が……」
 自分から、彼女たちを奪ったのか。
 こう考えるだけで怒りで体が爆発しそうだ。
 数度しか顔を合わせたことはなかったが、あの女性と同じ色彩を持った子供は、当初の目的を忘れてしまうほど愛らしと思えた。
 あの子が手元にいてくれるなら、それでかまわない、とも考えていたほどだったのに、その子も行方がわからない。状況を考えれば、きっと、あの女性とともに炎の中に消えてしまったのではないだろうか。
 だが、とも思う。
 あの子ではないが、自分の手元にはまだその姿を忍ぶよすがが残っている。
 それを使って、いずれは……と考える。しかし、また同じ事が起こらないとも限らない。
 ならば、その原因を作った者達をこの世から消してやろう。
 彼は心の中でこう呟く。
「そのためには、何が必要なのだろうな」
 全てが終わったとき、自分は生き残っていなければいけないのだ。
 こう考えれば、条件は厳しくなっていく。
「まぁ、いい……時間はあるのだ」
 じっくりと考えよう。
 自分に言い聞かせるように彼はこう呟いた。

 時間はゆっくりと過ぎていく。
 それなのに、まったく状況は変わっていないように思えるのだ。
 目に見えない壁が目の前にそそり立っているように感じられる。
「こう言うときに……若いというのは、マイナスなのだな」
 このような複雑な状況であれば仕方がないのだろうか。だが、逆に言えば、この状況を利用して、最後まで自分は裏に隠れていることができるだろう。
 それに、悪いことばかりではない。
 未確認なのだが、あの子供が生きている可能性がある、とわかったのだ。
「あの人が……子供達を危険にさらすわけがないと言うのに」
 だから、襲撃される可能性があるとわかった時点で、きっとどこかに避難させたに決まっている。
 自分はどうして自分はその可能性を考えたことがなかったのか。
 もっと早くその可能性に気づいていれば、今頃はあの子供を手元に置いておけたのではないか。
 だが、その時間は今からでも埋められるだろう。
「待っていなさい……きっと、君を取り戻すよ」
 そして、自分が望んだ世界にして見せよう。
 取り戻したあの子とともに、その世界で暮らすのだ。
「……そちらについても、誰か信頼できるものに任せなければいけないか」
 人材が足りないかもしれないな。
 こう呟く彼の表情に、今までとは違った感情が浮かんでいた。