「大丈夫?」
 こう言いながら、キラがドリンクを差し出してくれる。
「大丈夫です」
 しかし、戒められているこの状況ではそれを受け取ることができない。どうしようか、と考えていたときだ。
「口、開けて」
 キラがなんでもないことのようにこう言ってくる。
「キラさん?」
「持っていられないでしょ? ストロー付いているから、自分で飲めるんじゃないか、って思うけど……」
 その間は支えていてあげるから……と微笑む彼に、シンは苦笑を返すしかない。確かにそうしてもらわなければいけないのだが、本当なら自分が彼にしてやりたかったのに……とも思うのだ。
「ちっ!」
 その時だ。不意にレイが忌々しそうに舌打ちをする。
「どうしたんだ?」
 気に入らないが、問いかけないわけにはいかない。この中で、彼と一番近くにいたのは自分だし……と思いながらシンは彼に声をかけた。
「気にするな。予定のコースを取れなくなっただけだ」
 前方でいざこざがあったらしい……とレイは言葉を返してくる。
「……いざこざ、ではございませんでしょう?」
 ラクスがきつい口調で言葉をつづり出す。
「このシャトルを探している《ザフト》の艦が前方にいらっしゃるのではありませんか?」
 なら、どうしてそれがレイには気に入らないのだろう。シンはそう考える。キラも同じ気持ちだったらしい。視線を彼に向けてた。
「貴方が受けたご命令は、どうやら《個人》的なものだったのではありませんか?」
 でなければ、こんな無茶はしなかったのではないか、と彼女はさらに言葉を重ねる。
「アスラン達がアークエンジェルを攻撃していた……と言うことは、おそらく、最高評議会から《捕縛》の命令が出ていたのでしょう。私にもわかるこの事実を、貴方がわからないわけはございませんよね?」
 違うのか、と彼女はレイを見つめた。
「ラクス・クライン……貴方は……」
 その後に続くべき言葉を彼は飲み込む。だが、シンにはそれが何であるのかわかったような気がした。
 というよりも、シンも同じ気持ちだ、と言っていい。
 ふわふわとしたつかみ所がない少女。
 これが最初に抱いた《ラクス・クライン》という少女に対するシンの印象だった。しかし、それは今崩れ去ろうとしている。
 ひょっとして、今まで自分が見ていた印象の方が間違っているのかもしれない。
 シンはそんなことを感じていた。
「今すぐに、前方のパトロール艦に連絡を取ってくださいませ。貴方についても、悪いようにはいたしません」
 だから、今すぐに言うとおりにして欲しい、と彼女は訴える。
「それはできません」
 しかし、レイはきっぱりと彼女の言葉を切り捨てた。
「そうすれば、キラさんのご兄弟が隠しているキラさんの秘密を知る機会が、永遠に失われるかもしれませんから」
 それは避けなければいけないことだろう、と彼はさらに言葉を付け加える。
「僕の……秘密?」
 そんなものがあるのか、とキラは呟く。だが、それに対する答えはレイの口からは出なかった。

「キラの居場所は……まだ特定できないようだな」
 ムウの言葉に、ラウは苦笑を浮かべる。
「すまないな。この状況下だ。パトロール艇もそればかりに関わっていられないのだよ」
 もっとも、最優先事項として命じられているようだが……と彼は付け加えた。
「我々も、シャトルの行方は追っているが……識別コードを変えているようだな」
 さすがは、ザフトでもトップクラスの人間か……と告げれば、ムウは小さくため息をつく。
「さすが、と言うべきなのか……それは」
「どちらでも」
 キラと共にカレッジで学んでいたのだ。ザフトのアカデミーで学習した以上の知識を得ていたとしてもおかしくはない。この言葉には、ムウも納得したというような表情を作る。
「あぁ、そうだ。後でアスランを寄越す。お前の部下達を何とかなだめてくれ」
 こちらの言うことを聞いてくれないのだ……とラウは話題をすり替える。
「あいつらは、そうだろうな。キラがここにいれば、あいつの顔を見せるだけでいいんだが」
 今、彼は連れ去られてしまった。そのことも、三人の意識を不安定にさせているのだろう……とムウは付け加える。それだけ、キラの存在は三人に重要な影響を与えていたのだ、とも。
「それで、あの三人は『信じられる』と言った訳か」
「それもあるな」
 それ以上に、あの三人に関しては自分が『育てた』と言ってもいい。もちろん、あの装置による《すり込み》も否定できないのだが。
「だが、あの三人は……」
 立場上、自由に動けないだろな、とラウは思う。これからのムウのようにあちらのIDが使えれば良かったのだが、とも。
「一応、あちらには連絡をしてあるんだが」
 果たして、うまく処理してくれているだろうか、と彼も眉を寄せた。
「地球軍にしてみれば、あの三人の存在は表に出したくないだろうからな。おそらく……籍を抹消されているはずだ」
 だから、問題はいらないだろう、とはき出すように口にした意味がなんであるのか。ラウにも想像ができる。
「いざとなれば、カナードの手を借りれば良かろう。あいつはある程度裏の方にも顔が利くらしいからな」
 最悪、IDの偽造もすることを考えておくべきかな……とラウは笑った。
「お前に関しては、あちらの艦に収容されている民間人達を返すと同時に、軍籍が戻ることになっているそうだ。地球軍の籍に関しては……適当に抹消させると言っていたが……」
 それに関しては、あちらの手にゆだねるしかないだろう……と告げれば、ムウはあっさりと頷いてみせる。
「本来であれば、とっくに戻っているはずだったしな……あの三人のことだけだったんだよ、引っかかっていたのは」
 それがなければとっくに逃げ出していた、とムウは笑う。そうできていれば、さっさとキラの側に戻っていたのだがな、と彼はさらに付け加えた。
「……私だけつまはじき、というのはつまらんな」
 そうなったとしても、自分はそう簡単に戻れなかっただろう。そのことを言外に非難すれば、
「今回のことさえ終われば……その心配もなくなるだろう?」
 と言い返される。
「だから、さっさとキラを取り戻さないとな……」
 この言葉に、ラウもすぐに同意を見せた。