その報告に、パトリックは渋面を深める。
「キラ君が……ザフトの者に戦場から連れ出された、だと?」
 それだけならば問題はないのだろう。しかし、それがクルーゼに知らされぬまま、しかも人質を取って行われたらしい、となれば話は別だ。同時に、ラクスもまた同行させられている、というのであればなおさらだろう。
『はい……できれば、本国で保護して頂きたいのですが……』
 オーブとのこともあるし……とアスランは付け加える。
「……もちろんだ……」
 重々しい仕草で、パトリックは頷く。
「彼は、お前の親友だからな」
 そして、自分にとっては友人の忘れ形見だ、と彼は心の中で付け加える。その事実を、自分は息子に知らせずに来たのだ。
 同時に、オーブでの《キラ》の本来の立場もだ。
「ラクス嬢も一緒なのであれば、なおさらだ」
 正式に保護するように手配しておこう……とパトリックは付け加える。
『お願いいたします、ザラ委員長閣下』
 こう言うときにもアスランは公的な態度を崩さない。そうあるように自分がしつけたのだが、それは良かったのか……と少しだけ悩む。だが、アスランがいずれプラントを背負って立つ人間である以上、当然のことだろう。
「わかっている。中立国の人間は、どのような事態であろうと守られねばならぬのだからな」
 特に《キラ》は……とパトリックは心の中で呟く。
「お前は任務に戻るがいい」
『……わかりました……失礼いたします』
 何かを言い足そうな表情をアスランは作る。だが、すぐに引き下がった。
 敬礼をした姿がモニターから消える。
「……本当に、厄介な事態を引き起こしてくれる……」
 それを見送った後、パトリックはこう呟いた。
「十六年間培われてきた絆をそう簡単に壊せる物ではあるまい」
 そうだろう……と視線を向けた先には、自分たちともう一つの家族が撮されたフォトがあった。もっとも、それでも全員ではない、と自分は知っている。それを教えてくれた人物は、既にこの世にはいないことも、だ。
 だからこそ、彼等が望んだ絆だけは守ってやりたい……と考えてしまうのは、ある意味、施政者としては失格なのだろうか。
「それでも、譲れないものはあるのだよ」
 自分の手の中に残された物は少ない。
 それらを守りきるためだけに、自分は現在の地位を保ち続けているのだ。
「そう言うことだ。安心してくれてかまわない……とあの方々には伝えてくれるかな? 私としても、今、オーブと事を構えるつもりはないのだ」
 言葉と共に、パトリックは視線をフォトからはずす。そして、すっと厳しい視線をドアの方へと向けた。
「そうして頂ければ、ありがたいです」
 こう告げたのは、黒ずくめのカナードだった。
「面会を許していただけではなく、こうしてご協力頂けるとは思っていませんでしたので」
 正直とも言えるこの言葉に、パトリックは苦笑を返す。
「言っただろう。ヤマト夫妻は、得難い友人だったと……そして、ユーレンもな」
 さりげなく付け加えられた言葉に、カナードの顔にかすかな動揺が滲む。
「あのころは、力がなかった。だが、今はある。それだけのことだ」
 さらりと告げる彼に、カナードは静かに頭を下げた。

 同じ頃、一人微笑んでいる者がいた。
「もうじき、会えるな」
 その視線の先には、養い子から送られた愛し子の写真。
「本当に、君は母君にそっくりだよ」
 愛おしい人にそっくりな我が子。
 それがようやくこの手元に戻ってくるのだ。
「ようやく、君をこの手で抱きしめられるね」
 そして、理想の世界を手に入れるために動き出すことができる。そのための根回しはほぼ終わっている。そして、その中核となるべき存在も戻ってくるのだ。
「……彼女まで一緒に招待してくれるとは……本当にいいこだね、レイ」
 彼女さえ協力してくれれば、自分が理想とする世界を作ることは簡単になるだろう。
 そこでなら、あの子も平和に暮らせるはずだ。
「偽りの絆など、君には必要がない」
 必要なのは自分の愛情と賞賛の声だけだろう。
 そして、あの子を包む優しい世界か。
「待っておいで」
 かならずそれを作ってやろうと、デュランダルは笑う。だから、それまではここで静かに眠っていればいい。そのための手配も既にすませてある。
「可愛いキラ……君は、私のための存在だからね」
 自分だけを信じ、自分だけを見つめる眼差し。
 手に入れられなかったあの女性の代わりに、自分の側にいてくれればいい。
 そして、自分の愛情を一心に受ければいい。
 もう一人の養い子と共に……とデュランダルはさらに付け加えた。
「……さて……後どれだけでここについてくれるかな?」
 それを調べようとデュランダルは端末に手を伸ばす。その表情は本当に楽しげだった。