隊の者を信用していないわけではないが、これから話し合わなければいけないことはプライベートに等しい事だ。だから、二人だけで……と考えたのだ、とラウは苦笑を浮かべる。その気持ちは、ムウにしても同じだ。
「……カナードからの連絡は?」
 二人だけになった瞬間、ムウはこう問いかける。
「今のところはない。とりあえず、キラが連れさらわれたことだけは連絡したが……」
 何をしているのか……とラウは小さくため息をついた。
「無茶をしていなければいいんだが……」
 キラのことだけしか見ていない、と言い切れる自分たちの中でも、常に彼の側にいたカナードはレベルが違う。はっきり言って、本気で暴走されたら、自分たちでも止められないのではないか、と思うのだ。
「カナードにとって、キラが全てだからな」
 この世界で、あの二人だけが《同じ存在》といえるのだ。だから、それも無理はないだろう、とムウは思う。
「……言っては何だが……あいつがオーブの坊主を連れて行ってくれたのは、良かったかもな」
 レイがその立場を偽っていたように、彼もまた同じようなことをしていたのだ。もっとも、そんなことを言い出せば、自分やラウも同じ事だろう、とムウは心の中で呟く。
「実物を見ていないから私は判断に困るのだが……カナードはそれなりに信頼していたようだな」
 からかって遊ぶのには丁度いい……とも言っていたという言葉に、ムウは頭を抱えたくなる。
「あれでも、一応お墨付きだぞ」
 そう聞いていたからこそ、自由にさせていたのだが……とムウはため息をつく。
「まぁ、カナードが求めるレベルが高すぎるんだろうが」
「仕方があるまい。実際、このような状況になってしまったしな」
 もっとも、それに関してはシンのミスではないだろう。
 カナードですら《レイ》の正体を掴みきれなかったのだ。
「……ともかく、命の心配だけはない……と言うことだけは、プラス材料か……」
 あの男が指示をしたのであれば、キラの命だけは確実に保証されるだろう。
 そして、キラを自分の手元に縛り付けておくために《シン》の身柄を利用するのではないか。そう考える。
「ラクス嬢が、キラを気に入ってくれていた……というのもプラス材料だな」
 脳裏であれこれ方策を立てているのだろう。難しい表情を崩さないまま、ラウはこう口にした。
「いくらあの男でも、彼女の存在だけは無視できまい」
「そうなのか?」
 見た目はふわふわとしたお嬢さんだったが、とムウは口にする。もっとも、中身は別物だ、と言うことも感じてはいたが。でなければ、あの三人と平然と付き合えるわけがないのだ。
「彼女が、ある意味、プラントを支えていると言っていいかもしれんな」
 自分たちにとっての《キラ》みたいなものだ、と言われてしまえば納得するしかない。
「ともかく、手持ちのカードが少なすぎるのは辛いな。お前のところの連中で信頼できるのは誰だ?」
 うちの三人は、大丈夫だが……とムウは口にする。
「そう言いきれる理由は?」
「あいつらは……そういう条件付けをされているからな。俺には逆らわない。それに、かなりキラが気に入っていたことは事実だ」
 だから、キラを助けると言えば無条件で従うだろう。それだけは信用できる。
 もっとも、あちらの艦に残しておいても艦長達がうまく扱ってくれることはわかっていた。だが、どこにブルーコスモス関係者がいるかわからない以上、自分の手元に置いておく方が確実だろう。そう判断をする。
「なるほどな。あの装置といい、生体反応の数値といい……そう言うことか」
 言外に、人体実験をされていたのか……とラウは口にした。それは否定できないことだ。しかし、声高に告げることもできないのでムウも頷くだけにとどめておく。
「お前のところに来たのは幸せかもしれんな、そういう意味では」
 ムウが信用しているのならば自分もそうしようとラウは口にした。
「そうしてくれればありがたいな」
 でなければ、あの三人がどうなるかわからない……と心の中で呟く。実験材料にだけはさせたくないのだ。
 艦長やマリュー達でも上から命令をされれば拒みきれないだろう。
 もっとも、それ以前にあの艦はオーブにオコサマ達を渡した後、プラントへ乗員ごと移送されることになっているが。
 あるいは、そのまま自分たちを追いかけてくるか。どちらにしても、しばらくは別行動だろう。その合間にブルーコスモス関係者だけ追い出せればいいのだが……とまで考えてしまう。それは、自分たちの手駒が足りないからだろうか。
 それ以前に、三人のこの場での処遇の方が気になる、というのは事実だ。
「心配するな。彼等を《人間》として扱うよう、命じてある」
 だから、少なくともこの艦内ではそう扱われるはずだ、とムウの内心を読み取ったかのようにラウは告げる。
「こちらで確実に信用できるとすれば……アスランだろうな」
 彼もまた、自分たちと同じとまでは言わないが《キラ》に執着をしているようだから、と付け加えられた言葉に、ムウも頷く。
「本国へ戻れば、それなりに手を貸してくれる方もいるが……この場ではそのようなものだ」
 口惜しいがな……と彼は苦笑を浮かべる。
「十分だろう。少なくとも、情報だけは手に入れられるようだしな」
 それでそれだけでもありがたい、とムウが口にしたときだ。
 入室を求めるものがいることに二人は気づく。
「誰だね?」
 即座にラウが対応をする。
『アスラン・ザラです』
 噂をすれば影というのだろうか。視線だけでムウに合図を送ると、ラウは彼が一人でいることを確認して入室を許可した。

 キラが本国に連れて行かれた、というのであれば、パトリックの協力を得られないだろうか。彼もまた、キラは気に入っていたのだし……とアスランは心の中で呟く。
 しかし、いくら彼でも勝手な行動を取るわけにはいかない。
 通信に関してもそうだ。
「隊長に……許可をいただきに行くか」
 うまくいけば、本国でキラを保護できるかもしれない。そう判断してアスランは立ち上がる。
 数分も経たないうちに、アスランの姿はクルーゼの部屋の前にあった。
「アスラン・ザラです」
 端末に手を伸ばし、入室の許可を求める。
『君、一人かね?』
 しかし、中から返ってきたのはこんなセリフだ。
「そうですが……何か?」
 意味がわからないまま、アスランは言葉を返す。
『では、入りたまえ』
 だが、クルーゼにすればそれが重大な問題だったらしい。この言葉と共にロックがはずされた。
「失礼します」
 ともかく、話をする方が先決だ、と判断してアスランは室内に踏み込む。そうすれば、すぐに背後でドアがロックされた。
 しかし、それすらもアスランは気にならなかった。いや、気にする余裕がなかった……と言うべきか。
 目の前にムウがいる。それに関しては、ある意味当然かもしれない。だが、クルーゼがあの仮面をはずしていた、というのは予想外だ。
「……隊長……」
 そして、彼の素顔はムウによく似ている。そのような容貌の人物を、アスランは一人だけ知っていた。
「まさか……」
 だが、そんなはずはない、と思う。
「何だ? 教えていなかったのか、ラウ」
「お前が有名になりすぎたからな。私は素顔を隠していただけだよ」
 しかし、目の前で繰り広げられる会話は、アスランの考えが正しい、と伝えてくる。
「隊長が……ラウさん……」
 この事実をキラは知っていたのだろうか……とアスランは思う。
 そんなアスランの前で、二人は笑みを深めた。