「……連れ去られた?」
アークエンジェルを捕縛したラウ達の耳に、ある意味、信じられないセリフが届く。それを口にしたのがムウでなければ、誰もが『地球軍が《キラ》を《処分》した』と考えただろう。
「あぁ……ザフトのお姫様と、オーブ籍の第二世代と一緒にな」
 オーブのガキだと思ってたんだよな……とムウはため息をつく。そのまま視線を横に流せば、そこには今にも泣きすぎてとけてしまいそうなステラとそれを慰めているキラの友人達――正確に言えばミリアリアという少女――が確認できた。
「調べたが、間違いなく『オーブ籍』を持っていたガキだったよ、あいつも。彼等の話だと、半年前にカレッジに転入してきたそうだ」
 そうだな、とムウは彼等に問いかける。
「はい」
「本土では、彼に教えられる人間がいないし……カレッジにはカトー教授とキラがいたからって」
 あの二人がセットでモルゲンレーテの仕事を受けていたことは結構有名だし、と言ったのはサイだ。
「そんなの、普通だったから……疑わなかったよな」
 もっとも、カトーゼミに入れる人間はほとんどいなかったが……とトールも頷く。
「俺らも、いつ追い出されるかって……思ってたし」
「キラがフォローしてくれたから、大丈夫だったけど」
 カズイの言葉にミリアリアが付け加えた。
「シンが来てからは、半分はあいつが受け持ってくれたから……キラも楽になってたみたいだけど……」
 レイの時はそうでもなかったような……とトールが首をひねる。
「だって、あいつ、キラとシンにしかいい顔見せなかったんだぜ」
 俺らは無視、とカズイが即座に口を開く。
「キラの前ではそれなりに付き合っていたけどさ。実はナチュラルなんてどうでも良かったのかもな、あいつは」
 まぁ、あからさまな嫌悪は見せなかったが……とサイはため息をついた。
「それは……フレイも同じだったしさ」
 だから、目に見えてこちらをバカにしたり排斥しようとしなければいいか、と考えていたのだ……とサイは口にする。
「キラが、ちゃんと見ていてくれたもの」
 だから心配はしていなかったのだ、とミリアリアも頷いて見せた。
「……レイ、というのはこの少年かね?」
 それまで黙って話を聞いていたラウが、不意に口を開く。と同時に、彼はモニターにある人物の顔を映し出した。
「……何で……」
「嘘、だろう」
「そんな……」
 いや、それはヘリオポリスの子供達だけではない。ラウの部下である年若いパイロット達も同じような表情を作っていた。
「……なるほどね。どおりで、私が引き抜こうとしてもできなかったわけだ」
 微苦笑を浮かべながらラウはさらに言葉を重ねる。
「まさか、ヘリオポリスに派遣されていたとはね」
 誰の指示かはだいたい想像ついているが……と呟く。
「あの、レイは……」
 そんな彼に向かって、サイが確認を求めるかのように呼びかけた。
「そう。彼もザフトの一員だよ。ここにいる者達と同期だったはずだが?」
 違ったかね、と彼はアスラン達に問いかける。
「そうです。俺やイザークと……首位を争っていました」
 そうすれば、アスランがあっさりと言葉を返してきた。そのまま、彼は視線をムウへと向けてくる。間違いなく自分のことを覚えているんだな、と判断をした。それとも、ラウが彼に話をしているのだろうか、と。
 しかし、彼の様子から推測すれば、それはあり得ないと思う。
「ですが、どうしてプラントの人間が《キラ》を保護するよう、彼に命じたのかまではわかりませんが」
 それをこの言葉が証明してくれた。
「ご存じですかな?」
 しらじらしい口調で、ラウがこう問いかけてくる。
「さぁな。いくつか思い当たる節はあるが……だからといって、それでただの《民間人》であるキラが、プラントに目をつけられるとは思えない」
 地球軍であれば話は別だが……と自嘲混じりに口にしたのは、彼が作ったOSを既に彼の地で開発されたMSに搭載しているからだろう。
「兄貴として言うべきではないのかもしれないが、キラ程度のプログラマーならプラントもいるだろう?」
 地球軍関係者では絶対にいない、と言い切れるが。
 でなければ、自分たちでも使えるOSの開発なんて、とっくに済んでいただろう。
 スティング達三人にしても、身体能力がナチュラル以上にあるからこそ、あのOSでもそれなりに動かせるのだ。
「……残念だが、その答えは《否》と言うしかないのだよ」
 彼等が奪取したMSのOSの解析は未だに終わっていないのだ、とラウは言葉を返してくる。
「ともかく、君とパイロット達は申し訳ないが、ヴェサリウスへ移動してもらおう。他の者達はこの艦で監視させてもらう」
 それは妥当なことだよな、とムウは思う。ただ、ある程度条件を付けさせてもらわなければいけないが、と心の中ではき出す。もっとも、それはその時でいいだろう。
「ヘリオポリスの学生達は、できるだけ早くオーブ本土へ戻れるよう手配させてもらう。申し訳ないが、もうしばらくこちらにいてもらおう」
 かまわないね……という言葉に、子供達は頷くしかできないらしい。
「この艦の掌握に関しては、イザークとディアッカに任せる。ただし、オーブからのお客さんには手出しするな。何を言われてもな」
 言葉の裏に《フレイ・アルスター》の存在を知っているのだ、と彼は告げる。と言うことは、先日のあれは無事にこいつらの手に届いているらしいとムウは判断する。それであるのなら、カナードも既に動いているのだろう。
「……あー。あのだな」
 このまま移動される前に、うちのオコサマに必要なことを頼んでおくか、と考えてムウは口を開く。
「移動することに関してはやぶさかではないのだが……うちのパイロット達は特殊でな。あるものがないと体調を整えられないんだが……それを運んでもらえるのか?」
 それさえ聞き入れてもらえれば、自分たちは何も文句を言わない……とムウは付け加える。
「それは興味深い話だな」
 ラウであればその程度の条件をのんでくれるだろう、とは思っていた。どうやら、それは当たっていたらしい。
「では、それとMSと共に移動してもらおう。そちらのお嬢さんには、連れ去られた三人についてもお聞きしなければならないだろうが」
 それは難しいだろうな、とムウは思う。ステラの言葉は、彼女の性格を知っている者でもかなり補完しなければ理解が難しいのだ。
 そう考えると、すんなりと理解できていたキラやラクスは凄いのかもしれない。
 こんなくだらないとも言えることを考えてしまうのは、事態が自分の予想を超えた状況に向かっているからなのかもしれない。
 それについても、ラウと腹を割って話し合う必要がありそうだ、とムウは考える。だからこそ、彼と二人だけになれる機会が欲しい、とも思うのだ。
「では、それぞれの役目を果たしたまえ」
 笑える仮面も、この状況では役立つな……と心の中で呟く。
「ステラ、おいで」
 自分はまず何をしなければいけないのか。
 ともかく、目の前の少女をなだめてその時の状況を聞き出そう。
 そう考えて、ムウは少女へと呼びかけた。