「……俺もついていくからな」
 自分だって、キラから離れるわけにはいかないのだ。
「シン?」
「お前が本当のことを言っているって、信用できない。俺だって、キラさんを守りたいんだ!」
 ここならば、ムウ達がいる。
 しかし、プラントに行かれてしまっては彼でも手が出せないだろう。
 かといって、ラクスも今ひとつ信用ができない。ステラだってどうなるか……と考えれば、自分ががんばるしかないという結論になるのではないか。
 レイがキラを守るように依頼されたというのであれば――多少立場は違うとはいえ――自分だってそうだ。そして、ある意味、この場で第三者的な立場なのも自分だけだ、とシンは思う。
「シン君……」
 だめだ、とキラは言おうとしているらしい。そのくらいはシンにだってわかるようになっていた。
「だめだって言われても、ついて行きますからね! でなければ俺がカナードさんに殺される……」
 後半はもちろん冗談だ。しかし、キラにはそう聞こえなかったらしい。
「いくらカナード兄さんでも……やりかねないか」
 殺しはしないだろうが、入院騒ぎぐらいは引き起こしてくれそうだ……とキラは小さくため息をつく。
「あらあら……キラ様って、愛されていらっしゃいますのね」
 そういう問題でもないのではないか。シンは思わずそう言いたくなる。だが、考えてみれば《過保護》も愛情表現の一つだろう。だから、自分のここにいるのだし……とこっそりとはき出す。
「……ラクスさん……」
「おつきあい頂けばよろしいですわ。その方の身柄ぐらいでしたら、私にも守って差し上げるくらいのことはできます」
 自分は、プラントで彼女がどのような立場にあるのかまでは知らない。それでも、こう言い切れると言うことは、ただのお飾りというわけではないのか。
 同時に、どうしてプラントにも《キラ》を保護しようとしている者がいるのか。そうも思う。
 自分が知っている《キラ・ヤマト》ではない彼がいるのだろうか。
「……君に命令をしたのが誰なのか知らないけど……ステラはおいていって」
 キラが、苦しげな口調でこう告げる。
「彼女を連れて行けば……間違いなく、命に支障があるから……」
 この言葉の裏に隠されている意味も、シンにはわからない。
「残念ですが……あちらの出方がわかりませんので」
 その言葉は聞き入れられない、とレイは告げる。
「なら、僕は行かない! いや、行けない」
 自分のせいで誰かの命が失われかねないのなら……とキラはレイをにらみ付けた。
「そのくらいなら、ここで」
「……キラ様」
 さらに何かを付け加えようとしたキラの言葉を、ラクスが遮る。
「キラさんを傷つけたくないなら、言うことを聞くしかないだろう」
 ステラ達にどのような秘密があるのかはわからない。だが、キラがそこまで思い詰めているのであれば、おいていくしかないだろう……とシンも思う。
 それに、と心の中で呟く。
 いざとなったとき、キラだけであれば何とかできる。しかし、他の者を切り捨てるとなれば彼が悲しむことはわかっていた。だから、できるだけ予定外のものはおいていくしかないだろう、とも思う。
「……人質が必要だ、って言うなら……俺で十分じゃないのか?」
 それに、女の子をそんな目に遭わせるのは気に入らない。
「……シン……」
「どうせ、俺たちを裏切ったんだ、お前は。今更何を言っても同じ事じゃないのか?」
 相手を傷つけるとはわかってもこう言わずにいられないのは、きっと、裏切られたことがショックだったからだ。
「シン君……」
「……シン様……」
 キラとラクスが不安そうにシンの名を呼ぶ。
「お前が彼女を連れて行くって言うなら、俺は大騒ぎをするぞ。そうすれば、いくら戦闘中だって誰かが気づくよな」
 その場合、レイの作戦は失敗するに決まっている。そして、どこの誰かかは知らないが、キラを連れ出すように命じた人間にも手が及ぶと言うことだ。それを知ったムウやカナードがどう出るか。そんなこと、簡単に想像ができてしまう。
「どうするんだ、レイ」
 彼女の代わりに自分を連れて行くのか。それともここであきらめるのか。シンはレイに選択を迫る。
「……仕方がない……」
 ただし、拘束させてもらうぞ……とレイは歯の隙間からはき出す。
「キラさんの側にいられるなら、それで十分だ」
 シンはこう言い返す。
 そう。今の自分にとって重要なのはキラの側から離れないこと。それだけなのだ。
「……シン君、君は……」
 そんなシンに、キラはどういえばいいのかわからない、と言うように声をかけてくる。
「キラさんを一人で行かせるよりマシです」
 自分はキラと一緒に行くのだ。
 自分が一緒に行けば、きっとキラは最悪の選択肢を取らないだろう。
 彼が生きていてくれれば、他の者達がキラの事を取り戻す事だって可能なはずだ。
 その手助けをするために自分は行く、とシンは心の中で呟く。それが、自分を送り出してくれた人たちに対する義務だ、とも。
「大丈夫ですわ、キラ様」
 シンのことは自分が守る、とラクスは言い切る。
「……シンだけではなく、彼女も拘束させてもらいますよ。安全圏まで逃げ出すまで、騒がれると困る」
 表情を完全に消した口調でレイがこう告げた。そのまま、そして、彼は手早くシーツでステラを拘束する。その手際の良さに、やはり彼は正式な訓練を受けた者なのだ、とシンは判断をした。
「キラ様……大丈夫ですわ」
 それよりもキラの方が心配だ。そう思う気持ちはラクスも同じだったらしい。
「何があろうと、私がキラ様もお守りいたします」
 そして父も……と付け加える彼女は、一体何を知っているのだろうか。それもわからない。だが、彼女もまた、キラの味方であると言うことだけは間違えようのない事実だと、シンは思う。
 こうなると、皮肉だとしか言いようがない。
 ヘリオポリスの友人は信じられなくて、プラントや地球軍の中にそう感じられるものができるなんてと。
 もっとも、それを裏切ってくれた者もいる。
 手首を縛り上げられながら、シンは心の中でこう呟く。もっとも、彼も《軍人》であるのなら、命令には逆らえないのかもしれないが。
「行きます。下手な行動は、とらないでください」
 誰も傷つけたくないのだ、と口にする言葉に偽りはないだろう。
 それでも、裏切られたという事実は消えないのだ。
「こちらです」
 彼が案内したのは脱出用と思われるシャトルだ。だが、これの航続距離は大丈夫なのか。
「何事もなければ、本国まで無事にたどり着けるはずです」
 シンの疑問に答えるかのように、レイが口にする。
「そこで、キラさんを待っているのは、真実……です」
 それを知って欲しいから、こんな無茶をするのだ、と付け加える彼の言葉をどこまで信用していいのか。
 ともかく、四人を乗せたシャトルは戦場の中へと滑り出した。
 それは止めようのない運命なのかもしれない。
 もっとも、それを知るものは誰もいなかったが。