艦が大きく揺れる。
「ラクスさん?」
 それにバランスを崩しそうになった少女の体をキラはとっさに支える。
「ありがとうございます」
 しかし、それで礼を言われるとは思わなかった。
「当然のことを、しただけ、ですから……」
 驚いたせいか、こう言い返すのが精一杯だったほどだ。しかし、ラクスはそんな彼に向かって微笑む。
「ですが、とっさに私を支えてくださったのは、キラ様がお優しいからですわ」
 でなければ、自分のことを優先したのではないか……と彼女は口にする。
「そんなこと、ないです。みんな、きっと同じ事をしたと思います」
 少なくとも、自分の周囲にいる人間達は……とキラは心の中で付け加えた。
 ムウはもちろん、ここにいないラウやカナード、それにアスランだって、同じ行動をしたはずだ、と。だから、自分にとってもこれが当然の行動だった、とキラは思う。
「ですが、今してくださったのはキラ様ですわ」
 だから、キラに感謝するのが当然だ、とラクスはさらに言葉を重ねる。
「それとも、感謝されることがいやなのですか?」
 だとしたら、申し訳ないことをしました……とラクスは視線を落とす。
「そういうわけじゃないです。当然のことだから……お礼を言われるなんて思わなかっただけで……」
 驚いただけだ、とキラは慌てて言葉を口にする。実際、今までこんな事でお礼を言われたことがないのだし、とも。
「その方々がおかしいのですわ。そう思いません?」
 ステラさん、とラクスは彼女に話題を振った。
「ステラも、そう思う」
 そうすれば、彼女はこう言いながらキラの側に寄ってくる。そして、ラクスとキラを挟んで反対側に腰を下ろした。
「キラ、優しいよ?」
 そして、いつものふわふわっとした微笑みと共にこう言ってくる。
「……ありがとう」
 そんな彼女に告げるべき言葉を見つけられなくて、キラはこう告げた。しかし、ステラにはそれだけでも嬉しいらしい。さらに笑みを深める。
「言葉と笑みだけで、これだけ幸せになれますのにね」
 どうして戦争なんかをするのだろうか。ラクスが小さなため息と共にこう呟く。
「そうだね。どうして、みんな、仲良く暮らせないのかな」
 こんな事にならなければ、自分は今でも家族みんなで暮らしていられただろうか。大好きな兄たちも、側にいてくれただろうか。そう考えることはしょっちゅうだ。
「……結局は、皆様、馬鹿なだけですわ」
 大人達は……とラクスは言い切る。
「皆様自分の権利ばかりを主張しては、妥協案なんて見つからないものですもの」
 違いまして……と微笑む彼女は、実は見かけ通りの少女ではないのかもしれない。キラはそんなことを考える。
「……あっ!」
 その瞬間、また船体が大きく揺れた。
「そんなに、激しい戦いなのかな……」
 キラは思わずこう呟いてしまう。
「大丈夫。ムウも、みんなも、強いから」
 だから、何も心配はいらない……とステラが微笑む。そんな彼女に向かってキラも微笑み返した。

 船体が揺れている。それは、近くで戦闘が行われている証拠だろう。そして、相手はと言えば一カ所しか考えられない。
「……ザフトか……」
 シンは揺れる室内でこう呟く。
「ヘリオポリスを襲った連中かな」
 こう言いながらシンは視線をレイへと向ける。
「おそらくな」
 その瞬間だ。彼がこう言いながら立ち上がっているのがわかる。
「……レイ?」
 しかも、彼はそのまままっすぐにドアの方へと向かっていく。
 だが、さすがに戦闘中に民間人を自由に出歩かせるわけにはいかないのだろう。そこはしっかりとロックがかかっている。
「ちっ」
 その事実が気に入らなかったのだろう。レイにしては珍しく顔に忌々しさが表れている。
「レイ!」
 それだけなば、シンとしても見て見ぬふりができた。しかし、彼は今度は無理矢理ロックをはずそうとする態度を見せている。それはまずいだろう、と思う。
「何、しているんだ、お前!」
「キラさん達の様子を見に行くんだ」
 そんなシンに向かって、レイはこう言い返してくる。
「あの人の《義兄》は信用できると思う。だが、他の連中がキラさん達を人質に取らないとは言い切れないだろうが」
 さらに付け加えられた言葉に、シンは反論することができない。いや、自分も心の中でそうなるかもしれない、と思っていると言うべきなのだろうか。
「だからって、無理矢理出たら、それこそ連中に何を言われるかわかったものじゃないだろうが」
 スパイと言われてもおかしくはないだろう、とシンは思う。
「ばれなければいいんだよ、ばれなければ」
 しかし、レイはあっさりとこう言い返してきた。
「その自信もあるしな」
 つまり、非合法な手段を使って開けようと言うことらしい。確かに、彼の成績であれば十分可能だろう。キラほど突出はしていないが、それでも情報処理でかなりのレベルにあるのだ、彼は。
「キラさんに迷惑がかからないか?」
 しかし、問題はそちらだろう。
「ロックが壊れたと言えばいい」
 お前が付き合ってくれれば可能だ、という言葉にシンも心ひかれてしまう。
「だけど……」
 だが、自分ではすぐにぼろが出てしまうのではないか、とも思うのだ。
「いいわけは、俺がすればいいだろう」
 だから任せておけ、とレイはかすかに笑う。この一言に、シンは背中を突き飛ばされてしまった。