その警報は、キラの耳にも届いていた。
「兄さん……」
「仕方がないな」
 相手をしないわけにはいかないだろう、とため息をつきながら、ムウは立ち上がる。そして、大きな手でキラの頭をなでてくれた。
「お前は、ここでおとなしくしていろ」
 この言葉に、キラは彼の顔を見上げる。
「大丈夫だって。心配はいらない」
 自分はもちろん、あいつらもそれなりに訓練を積んでいるのだから、とムウは笑う。
「すぐに終わるって」
「……でも……」
 何か、不安なんだ……とキラは正直に口にする。まるで、あの時のような……と付け加えれば、ムウにはわかったのだろう。かすかに眉を寄せる。
「そう言われてもな。俺たちはパイロットだから、側にいてやれないし……」
 かといって、友人達のところも難しいか……と彼は付け加えた。それは、きっと、フレイのことが引っかかっているせいなのだろう、とキラは心の中で呟く。
「そうだな……あそこなら、妥協案か」
 しかし、ムウは何かを考えついたらしい。にやりと笑う。そして、そのまま手を伸ばしてキラの体を抱きかかえた。
「ムウ兄さん!」
 一体何を、とキラは彼に問いかける。
「やっぱ、少し軽くなったな」
 しかし、彼の口から出たのはこんなセリフだった。
「兄さん!」
「まぁ……何とか、オーブに返してやるから」
 それまでは、おとなしくしていてくれ……と付け加えながら、彼は移動を開始する。もちろん、キラを抱きかかえたままだ。
「それまでは、あの、プラントのお姫様と一緒にいてくれ」
 彼女も不安だろうからな……という言葉に、キラは驚いた。
「兄さん?」
「この前のことがあったばかりだからな。不安なんじゃないのか?」
 だから、側にいてやれ……と言われてキラは自分が自分のことしか考えていなかった……という事実に気づく。
「僕……」
 男なのに、とキラは心の中で付け加える。
「……まぁ、お前はオーブにいたし、あのお姫様はプラントの人間だ。その違いがあるって事だ」
 戦争を身近に感じているか否かの違いだ……とムウは付け加えた。
「お前を戦争から遠ざけていたのは、俺たちの勝手。だから、気にすることはない」
 キラが笑っていてくれることだけが、自分たちの望みだったのだ……とムウは口にする。だから、できれば今も笑っていて欲しい、とも。
「まぁ、戦闘中は無理だろうけどな。それでも、終わったら笑っていてくれ。特に、あの三人の前では、な」
 あの三人にはキラの笑顔が何よりのご褒美らしい、と言う言葉に、キラはどうするべきか……と悩む。それでも、あの三人もキラは好きなのだ。
「うん」
 わかった、と言えば、ムウは満足そうに微笑む。
「いいこだな、キラ」
 そして、大きな手でまた髪をなでてくれる。
「そう言うことだから、ここでいいこに待っててくれ」
 かならず、無事に戻ってくるから……という言葉に、キラはしっかりと頷いて見せた。

「……どうした?」
 ブリッジにたどり着くと、なにやら騒がしい。
「ガイアが出撃できないと……」
 設定を変更していたらしいのだ、と即座に言葉が返ってくる。そう言えば、許可を求められて許可を出していたな……とムウは小さくため息をつく。
「仕方がないな。俺も出る。ステラは……オーブのお姫様のところに行かせてくれ。キラもいるからな」
 何もないとは思うが、万が一のことを考えれば、誰か側に置いておく方がいいだろう……と口にすれば、
「わかりました。過保護とは思いますがね」
 と即座に言葉が返される。
「悪かったな」
 艦長の言葉に、ムウは苦笑を返す。その自覚は十分にあるのだ。
「いえ。彼の場合は事情が事情ですからね。十分、理解できますよ」
 それでなくても、可愛らしい性格なのだし……と彼は笑う。普段、こういう場所にいるものにしてみれば保護欲を刺激される対象なのだ、とも。
 この言葉に、ムウはさらに苦笑を深める。まさか、キラがそこまで艦内のものに人気があるとは思わなかったのだ。あの子は《コーディネイター》なのだし、と。
「あぁ、他のオコサマ達のところにも誰かをつけてやってくれ」
 ふっと思い出したというようにムウはこう口にする。
「了解です。女性が少ないのが難点でしょうな」
 この艦の……と即座に言葉が返ってきた。
「それは、うちだけじゃないでしょ」
 そもそも女性の軍属の数が少ないのだ。もちろん、軍では有能であれば性別は関係ない。だが、絶対数が違えばどうしても配備される数が減るのは仕方がないことだろう。
「ですな」
 御武運を……と艦長は口にする。
「……我々は、少なくとも、ブリッジ要員は貴方の事を信頼しておりますからな、少佐」
 さらにこう付け加えられて、ムウは思わず動きを止めた。
「何の話だ?」
 まさか、と思いながらムウはこう聞き返す。
「おわかりにならなければ、それでかまいません。ただ、覚えていて頂ければそれでかまいませんよ」
 しかし、相手もそれなりにタヌキだと言える。こう言ってごまかされてしまった。
「……まぁ、後は頼む」
 それに、それを考えている暇もないだろう。そう判断して、ムウはブリッジを後にする。
「艦だけは沈めませんよ」
 ムウの背中を、この言葉が追いかけてきた。