「……ラクス嬢とヘリオポリスの民間人はわかるが……何で、あちらのパイロットも殺すなって言うんだ?」
 隊長は……とディアッカが呟く。
「それなんだけどな……あれらのパイロット、他のナチュラルと反応が違うだろう?」
 それについて調べてみたいらしい……とミゲルが言葉を返す。
「もっとも、お前らができないなら……隊長にそう告げるが?」
 きつい言葉に、ディアッカだけではなく他の二人も表情をこわばらせる。
「あちらが軍としてきちんと機能しているなら、指示を出している母艦を抑えてしまえばいい。アスランとニコルがその役目を果たしている間、あいつらを適当に受け流すことができないってか?」
 なら、替わるぞ……とミゲルはさらに付け加えた。
 もちろん、それが彼等の矜持をどれだけ傷つけるかわかっていてのセリフだろう。
「そのくらい、できるに決まっているだろう!」
 怒鳴りつけるようにこう口にしたのは、イザークの方だ。しかし、ミゲルの表情から判断して、それも予測済みの行動らしい。
「なら、ちゃんと言われたとおりにするんだな。ザフトの《紅》の意地にかけて」
 きっぱりとこういう言葉に、アスランは彼の人心操縦術を見たような気がした。
 しかし、今はそれよりも重要なことがある。
「……キラ……」
 大切な幼なじみ。いや、それ以上の存在である彼を、この手に取り戻す方が優先なのだ。
「かならず、俺が……」
 自由にしてやるから……とアスランは口の中で呟く。
 だから、待っていて欲しい。
 心の中の面影にこう囁いた。
「ラクスも一緒なら……大丈夫か」
 彼女の存在は、周囲の心を和ませてくれる。そして、彼女は自分が話した《キラ》に興味を抱いていたのだ。本人を実際に目にすれば、気に入らないはずがないのだ。
 だから、きっと大丈夫……と信じたいだけなのかもしれない。
 それでも、彼女の存在が自分にとってプラス材料になっていることは言うまでもない。
 後は、自分がミスをしないようにするだけだ。
「……俺は、大丈夫……」
 自分は確実に作戦を遂行できる。
 そして、キラを取り戻すのだ。
 自分に言い聞かせるように、アスランは何度もそう呟いていた。

「さて……どうするか……」
 小さなため息と共にこう呟く。
 まさか、ここに《ラクス・クライン》までやってくるとは思わなかった。それが本音だ。
「彼一人であれば、いくらでも《保護》できたんだがな」
 ラクスも一緒、となれば難しい。
 だが、不可能ではないだろう。
「……あの機体をもらって、という方法は捨てなければいけないか」
 代わりに、シャトルか脱出艇を奪えばいいだろう、と思う。
 優先すべきなのは、あの二人の身柄だけなのだ。
「打ち合わせ、だけはしなければいけないな」
 自分一人ではどのみち不可能だし、とさらに呟きを漏らす。
「ともかく、あの人の願いだけは……」
 この呟きは、誰の耳にも届かなかった。

「……キラに、会わせなさいよ!」
 フレイが目の前にいるスティングにこう命じる。
「ムウがだめって言っているんだ。どうしても会いたかったら、許可もらってこい」
 しかし、それに彼は聞く耳を持たない。その事実がフレイには気に入らなかった。
「あんたらだけじゃなく、あいつらまで自由に会えるのに、どうして、私たちはだめなのよ!」
 地球軍の船であれば、自分たちに融通を利かすのが本当だろう、とフレイは口にする。何よりも、自分の父は地球連合事務次官なのだから。彼等がしたがって当然のはずだ。そう考えていた。
「あいつらは、キラを追いつめねぇからな」
 しかし、スティングはこの一言だけで話を終わらせようとする。
 いや、それだけではない。さっさときびすを返そうというそぶりも見せた。
「……あんた達なんて、ただの実験体のくせに……」
 しかも《人間》扱いされてもいないくせに……と彼女は付け加える。その瞬間、スティングの眉がかすかに跳ね上がった。
「何が言いたいのはが知らないが……あんたが口にしていることは、軍の最高機密だぜ」
 どんな立場だろうと、うかつに漏らせばその場で処分されてもおかしくないことだ、と彼は冷静な口調で言い返してきた。
「あたしのパパは!」
「地球連合の事務次官なのは、あくまでもあんたの父親だろう? あんたが偉いんじゃない」
 それを言ったら、キラは地球軍少佐の弟だよな……と彼は笑う。
「ここで一番偉いのはムウだ。そして、俺たちはムウの直属の部下だ。あんたの命令を聞くいわれはない」
 どうしても言うことを聞かせたいなら、ムウの許可をもらってこい。言い捨てるようにこう告げると、スティングはそのまま歩き出す。
「あんた!」
 気に入らない、と思う。
 こいつらに比べれば、あいつらの方がまだましなのではないか。そんなことすら考えてしまうほどだ。
 しかし、フレイの言葉ももう耳に入らない、と言うようなそぶりで振り返りもしない。それがまた彼女の怒りをかき立てた。
「いい気になるんじゃないわよ!」
 こう叫んだ瞬間である。艦内にけたたましい警報が鳴り響いた。
「……何?」
 今まで耳にしなかったそれに、フレイは不意に恐怖を覚える。
「戦闘かよ……さっさと部屋に戻ってな」
 あそこであれば、何があっても大丈夫なはずだ、とスティングは言葉を投げつけてきた。
「……戦闘……」
 しかし、フレイはすぐに動くことができない。現実が、自分たちの思惑を超えているのだ、と初めて認識できたからなのか。それは彼女自身にもわからなかった。