「何で! 嘘つき!」 予想通りというか何というか、カナードは思いっきりあれてくれた。 「キラもカガリも、俺が守るって言った!」 それなのに、どうして自分から引き離すんだ! と怒鳴る。 「仕方がないだろう! おばさん達が未だにこれないのは、そいつらが邪魔をしているせいなんだし……あの二人でもかなわない相手に、お前がかなうわけ、ないだろう?」 俺たちだって、泣く泣くあきらめたんだ……と声をかけた。それでも、このお子様には納得できないものらしい。 「キラもカガリも……俺の大切な兄弟なのに……」 どうして……と呟きながら、カナードの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。 「簡単だよ。俺たちに力がないからだ」 自分たちがもっと大人で、誰にも負けない力を持っていれば、きっとカガリを手放すことはなかっただろう。 「みんな、カガリがいなくなって寂しいんだ」 特に、カリダおばさんは……と付け加えれば、カナードはうつむく。 「でも……」 だが、まだ何かを口にしようとカナードは唇を振るわせている。しかし、うまく言葉にならないようだ。 「俺たちは、悔しいが、まだ子供なんだよ。だから、二人を同時に守れない。でも、キラだけなら……可能だって事だ」 カガリは、きっとウズミ・ナラ・アスハが全力で守ってくれる。だから、俺たちは、キラを守らなければいけないんだ。 この言葉にカナードは唇をかみしめる。 「……どうして、俺は……今、子供なんだろうな」 そして、こう呟く。これが、普通は幼年学校に入学する年齢になったばかりの言葉なのか、と思わずにはいられない。 だが、こいつはコーディネイターだし……誰かを守ろうとする男だからな。当然と言えば当然のセリフだろうか。 「俺だって、そう思うよ」 言葉とともにカナードの体を抱きしめてやる。 その時だ。 「かな〜〜! むうたん」 甲高い声とともにキラが姿を現した。その後にはラウが付いてきていると言うことは、きっと、カリダさんがこちらに寄越したんだろう。 「キラ!」 ようやく歩けるようになったばかりの子供の足取りは不安定だ。 そう言うところが可愛いんだが……と思いながら、俺は片手でキラの体を引き寄せる。そして、二人の体を一緒に抱きしめてやった。 一人欠けた状態で、俺たちは約三年間、マルキオ氏の元で暮らした。 だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。 ここにも、大勢の人が来るのだ。マルキオ氏の交友関係から、キラの存在がばれないとも限らない。 まだ幼いうちなら、それでもある程度は隠しておけた。 だが、大きくなるにしたがって、キラは母親そっくりになっていく。 彼女を知っているものであれば、間違いなく『血縁関係にあるのでは』と考えるだろう。それが、悪い意味で誰かに知られてしまえば厄介なのではないか。というか。そこから《キラ》の正体がばれてしまうかもしれない。 俺だって、そのくらいのことはわかってしまう。 だから、あの人達にももちろんわかっているはずだ。 アスハ代表の力を借りて、IDを書き換え、その上で月に引っ越すという話もそこから出てきたのだろう。それでごまかせるかどうか、というと問題だが、もうしばらくはキラを隠しておけるのではないか、と俺も思う。 問題はそれだけじゃない。 「ムウ……相談があるのだが……」 どうやら、ラウも同じ考えらしい、と俺は奴の表情から判断をした。 「俺たちの将来について、か?」 だから、こちらから先にこう問いかけてやる。 「あぁ……今のままでは……あの子達を守るための力を手にできないからな」 もちろん、このままでもかまわないのだろう。だが、それではいけないのではないか、と思うのだ。 「力だけが必要だとは思わないが……力がないからこそ、守れないものも、あるしな」 せめて、そのための知識と技術を手に入れたい。俺はそう思う。 問題は、それを教えてくれる場所を、俺は一カ所しか思い浮かばないって事なんだよな。いや、いろいろあるのだろうが……これからの生活を考えれば、一カ所しかないと言うべきか。 「……士官学校に入学の手続きを取ろうか、と思っている」 「地球軍のか?」 俺の言葉に、ラウがあきれたようにこう問いかけてきた。 「マルキオ氏達に相談してから、になるが……その可能性が大きいだろうな」 あるいは、オーブ軍に入って……それからって言う手段もあるのか。 ともかく、俺としては適当にキラとカナードの顔を覗きに行けて、戦い方を教えてくれる場所ならどこでもいいんだけどさ。 「……なら、私は一緒には行けないな」 確かに、地球軍にも《コーディネイター》がいないわけではない。だが、その多くは現地任官等で入隊したものらしい。コーディネイターの力は必要だが、指揮権を与えたくない連中としては苦肉の策なのだろう。 「お前は……もう少しあいつらの側にいてくれ」 そうすれば、安心できる……と俺は正直な気持ちを口にする。 「せめて……カナードがもう少し大きくなるまでは……」 その後は、プラントに行って、あちらの状況を伝える役目をしてもらってもいいかもしれない。 あの二人をねらっているのが、ブルーコスモスだけではなくプラントの過激派もだ、というのであれば情報が欲しいと思う。 「わかっている。それについても、マルキオ氏達に相談するべきだろうな」 自分たちだけで勝手に動くわけにはいかない。 確実な後ろ盾と、キラ達との回線を確保しておかなければ、自分たちの行動が無駄になるだろう。 「少しでも早いほうがいいな」 準備をしなければいけないんだし……と口にしながら、俺は立ち上がった。 結局、俺は一年間、オーブ軍で基本的な事項を学んでから、地球軍の士官学校に入学することになった。 その主な内容が、実はスパイとしての基本的心構えその他だったことは当然だろう、と思っている。 下手な方法で、連絡なんてできないしな。 俺と入れ違いに、ラウが同じような学習をし、そしてプラントへと向かう事も決まっていた。 カガリの時と違って、カナードが文句を言わなかったのは……あいつなりに何かに気づいているから、だろうか。 「たまには、会いに来てくれるんだよな?」 カナードはそれでも不安を隠せない表情でこう問いかけてくる。 「当たり前だろう? お前らのために……俺はこの選択をしたんだから」 カナードが成長してくれたから、安心して離れられるんだ……と付け加えれば、目の前のお子様は少し照れくさそうな表情を作ってみせる。 「ムウ兄さん、どこに行くの?」 しかし、キラはそう言うわけにはいかないようだ。 カガリの時はまだ幼くて別れの意味がわからなかったこの子も、今は何かを察しているらしい。俺の服の裾を掴んだまま離さないのだ。 「学校だよ」 大きくなったから、行かなくてはならないのだ……と言いながら、俺は小さな体を抱き上げてやった。 「ラウもカナードもいるだろう? 俺だって、ちゃんと会いに行ってやるから」 我慢できるよな……と口にしながら、俺はキラの瞳をのぞき込む。 「キラが大きくなったとき、ずっと一緒にいるためには仕方がないことなんだよ」 キラにも、いつまでもこのままではいけない……と言うことはわかっているのかもしれない。だが、まだ小さいから今まで側にいてくれたぬくもりがなくなってしまうのが悲しいのだろう。 あるいは、カガリとの別れが、心の奥で残っているのだろうか。それとも、ヴィアさん達のことかもしれない。 だからといって、やめるわけにはいかないんだ。 「大丈夫だ。カナードは間違いなく、側にいてくれるぞ」 なぁ、といいながら視線を向ける。そうすれば、彼は小さく頷いて見せた。 「もちろんだ。俺が、ずっと、キラを守ってやる」 だから、それで我慢しろ……とカナードは下から手を伸ばしてキラの手に触れる。 「俺だけは、お前の側にいてやるから」 この言葉に、キラは困ったような表情を作った。 だが、すぐに泣き出しそうな表情のまま、小さく頷いてみせる。 「いいこだ」 その体を、俺はしっかりと抱きしめてやった。そうすれば、キラが肩に顔を伏せてくる。 しめった感触がそこから広がり始めたのは、錯覚ではないだろう。だが、俺はあえて気づかないふりをしてやった。 |