「……ラクス・クライン?」
 あの後、しっかりと押しかけてきたステラに向かって、キラがこう問いかけている。それに対し、彼女は小さく頷き返して見せた。
「知っているんですか?」
 複雑な表情を作っている彼に、シンはこう問いかける。
「幼なじみのね……婚約者だって聞いたことがあるんだよね」
 もう三年以上も前のことだけど、とキラは言葉を返す。
「幼なじみ、ですか?」
 一体いつのことなのか、とレイは問いかける。
「月にいた頃、だけど? あのころは、まだ……こんな風な状況になるなんて考えたこともなかったから」
 彼も普通に暮らしていたのだ、とキラは呟くように口にした。そんな人間が、あのころは多くいたのだ、とも。
「そう言えば、そうだよな。オーブでももっとたくさんのコーディネイターがいたし」
 そんな中に、あちらから来ていた要人の息子とか娘もいたような気がする、とシンは頷いた。
「僕の……僕たちの父さんは、オーブの、外務省に勤めていた人だから……余計に、ね」
 プラントだけではなく、地球連合の人にも知り合いがいたのだ、とキラは呟くように口にした。それは、良い傾向ではないのか、とレイは思う。さりげなく視線を向ければ、シンも――そしてあまり嬉しくないが――アウルも同じ結論に達したらしい。
「だから、ムウは、地球軍にいるの?」
 しかし、ステラは違ったらしい。こう問いかけてくる。
「そう、なのかな? そうかもしれないね。僕たちが月にあがるときにはもう、士官学校に入ってたから」
 離れるときは寂しかったんだよね……とキラは淡い微笑みを浮かべる。
「でも、カナード兄さんがいてくれたから、まだ、我慢できたのかな?」
 いつでも側にいてくれたから、彼は……とキラは付け加えた。
「カナードさんって……かなり過保護ですよね……ひょっとして、ムウさんに何か言われていたから、ですか?」
「どうだろう。それは聞いたことがなかった」
 シンの問いかけに、キラはこう言い返す。
「カナード兄さんのあれって、物心ついたときには、もうだったもん」
 三つしか違わないのに……とキラは頬をふくらませる。そうすると、どこかステラの表情に似ているような気がするのは、レイの錯覚だろうか。
「キラって、やっぱ、ステラにどっかにている」
 そうではなかったのだ、とアウルの言葉が伝えてくる。
「ステラ、キラに似てる?」
 年齢以上に精神が幼い少女は小首をかしげながらこう口にした。
「どうだろう。でも、似てるかもね」
 ムウ兄さんの好みの基準は自分らしいから、とキラは苦笑を浮かべる。
「それも、カナードさんが?」
 シンの言葉にキラが頷く。その様子から、本当にキラが彼等を好きなのだ、とわかった。
「仲がいい兄弟なんですね」
 この問いかけに、キラは鮮やかな笑みを浮かべる。
「兄さん達は、みんな、優しいから」
 きっぱりと言い切るこの言葉に、アウルとシンが複雑な表情を作った。
「それって、キラさんだけにですよ」
「……ステラにも、ちょっと甘いかもな」
 まぁ、あの様子じゃ納得だけど、と二人は声を合わせて口にする。
「キラと一緒」
 嬉しい、とステラに言われてはキラも反論のしようがないのだろう。困ったように目を伏せるだけだった。
 そんな光景がほほえましい、とレイは思う。
 同時に、目の前の光景が理想なのだ、とも考える。
 こんな風に、全ての垣根を取り払って付き合える世界が早く来てくれればいいのに……。そう思うのだが、それが難しいことだ、と言うこともわかっていた。
 今だって《キラ》という希有な存在があるからこそ可能なのだ。
 ここにはいないナチュラルの《友人》達にしても、問題があるのはただ一人だ、と言っていい。というよりも、あれを《友人》の範疇には加えられない、とレイは判断していた。
 ヘリオポリス崩壊前から、彼女がキラに向けている視線は《好意》とはほど遠いものだったように思える。
 いや、まったく《好意》がなかったわけではない。
 かすかなそれは感じられた。
 だが、それは道具や玩具に向けられるものによく似ていたようにも思える。
 つまり、彼女が好きだったのは自分たちのために役に立つ《道具》としての《キラ》へむけられたものだったのではないだろうか。
 そう考えれば、忌々しいと思う。
 だから、彼女は二度とキラの側に近づけたくない。
 しかし、キラの方はどう考えているのだろうか。
 彼のことだから、どのような思惑を持っている相手であろうと分け隔てなく付き合おうとするのではないか、とレイは推測していた。
 それだからこそ、周囲の者が気をつける必要があるのだろう。
 キラは兄たちを《過保護》と称したが、それはきっと彼等がうかつな人間を彼の側に近づけたくない、と考えていたからなのではないか。
 そういう意味では、シンは安心できる相手だったのかもしれない。
「まぁ、いいさ。キラは俺が守ってやるから」
 アウルがこう言って笑う。
「それは俺の役目だって」
 負けじと、シンが言い返す。
「ステラも! ステラも、キラを守ってあげる」
 にらみ合っている二人を尻目に、ステラがこう言ってキラにすり寄った。その様子は、小さな女の子が甘えているように感じられる。だからだろうか。キラもあっさりとそれを受け入れているのは。
「ありがとう」
 優しい視線を向ける彼に、シンとアウルも負けじとキラにすり寄っていく。
 何のためらいもなくできる彼等がうらやましい。
 自分はどうしようか……とレイが思ったときだ。
 不意にドアが開かれる。
 その光景に、三人はとっさにキラをかばうように動く。
「あらあら、ピンクちゃん。いけませんわよ」
 しかし、その場に響いたのは、ある意味場違いとも言える柔らかな声だった。
「……ラクス・クライン……」
 こう呟いたのは誰だったのか。しかし、彼女はふんわりと微笑んでみせるだけだった。