「キラさん!」 どうしたのか……と自室に顔を出した彼にシンは呼びかけた。 「ちょっと厄介なことになったからさ。ムウがしばらくキラのところに顔を出せないんだよ」 しかし、それに言葉を返したのは彼ではない。一緒に付いてきたアウルだった。 「でも、キラがお前らに会いたいって言ってたからさ。俺が連れてきたって訳だ」 感謝しろよ、と口にするアウルの年齢は自分と代わりがないだろう、と思える。 「アウル……ステラが付いてきてくれるって言ったのを強引に替わったのは君だろう?」 そんなアウルに向かってキラが苦笑を向けた。しかし、その柔らかな表情と態度から判断して、彼を本気で怒っているわけではないらしい。 「いいじゃん、別に」 アウルがますます頬をふくらませる。 「そうですよ、キラさん」 別段、彼を擁護しようと思ったわけではない。だが、自分たちにも普通に接してくれる相手を敵に回すのもなんだろうな、と考えてシンは口を開く。 「ここに連れてきてくれただけで十分です」 久々に会えましたし〜、と節を付けるようにして付け加えながら、シンはキラに抱きついた。 「テメッ!」 何でそんなうらやましいことをするんだ! とアウルが叫ぶ。そして、シンに対抗するかのようにキラに抱きついた。 「二人とも……」 「……ガキだな……」 キラの言葉の後を奪うかのようにレイがこう呟く。 「レイ君、言い過ぎ」 即座にキラが注意をしてくれたからこそ、それ以上の騒ぎにはならなくてすんだのではないだろうか。シンはそう思う。 「……すみません」 そして、レイもまたキラの言葉には素直に謝罪をする。そう言うことを考えれば、彼にとってもキラの言葉は重いものなのだろう。 「アウルも……お願いだから、けんかしないでね?」 僕が悲しいから……という言葉に、アウルも頷いてみせる。 「キラがそういうなら、そうするようがんばる」 きっぱりと言い切るその態度に、シンは好感を抱いた。 「地球軍の軍人でも、キラさんのお兄さん以外でもいい人がいるんだな」 そして、思わずこう呟いてしまう。彼の脳裏の中に描かれていたのは、先日、キラが倒れる原因を作ってくれた連中の顔だった。 「俺らにとって、絶対なのはムウで、大切なのはキラだからな」 他の連中なんて知らねぇ……とアウルが言い返してくる。あまりにきっぱりとした口調に、シンだけではなく、レイも目を丸くしてしまったほどだ。 「他の連中だって、それは知っている。だから、俺たちの前でキラをどうこうしようなんて考えないはずだ」 自分たちの方が強いから……とアウルは笑う。 その微笑みをどう受け止めればいいのか。シンは悩んだ。 「それにしても……本当に何があったんだろうね」 おかげで、今は二人に会えたけど……とキラは小首をかしげる。その答えを知っている者はこの場にはいなかった。 そのころ、ムウは本気で頭を抱えたくなっていた。 「……ラクス・クライン……ね」 本人の名前にももちろん思い当たるものがある。だが、それ以上に彼女の名字の方が厄介だ、といえるのではないか。 「そう言えば、プラントの現最高評議会議長の名前がシーゲル・クラインだったな」 自分が耳に挟んでいる《ラクス・クライン》と目の前の少女が同一人物であれば、そうであるはずだ。つまり、それは厄介ごとと同意語でもある、ということである。 だから、できればそうだったとしても否定して欲しかった。 「あら、父をご存じですの?」 しかし、少女はあっさりと肯定してくれる。 「シーゲル・クラインは父ですわ」 ころころと笑ってみせる彼女の態度が天然なのか、それとも何か恣意があってのことなのか。その判断に悩む。 「……ともかく、この艦は地球軍所属ですので……しばらく、不自由をおかけするかもしれません。できるだけ、本国にお戻りになれますよう、努力だけはさせて頂きますが……」 だが、現状では難しいだろう。ムウは心の中でこう呟く。 地球連合からプラントへ向かうシャトルは途絶えている。 唯一残されているルートはオーブ経由のものだ。しかし、それもこの戦争で途絶えがちになっていると聞いていた。 それ以上に、地球軍が彼女の立場を知ったら手放すはずがない、とムウは思う。それだけ魅力的なのだ、彼女は。 もちろん、ムウ個人としてはそのような《政治的判断》というのは大嫌いだ、と言っていい。 だから、その前に彼女をザフトに返せればいいのだが……と心の中で呟いていた。 「ありがとうございます。そう言って頂けて、幸いですわ」 彼の心の中を読み取ったのだろうか。それとも、ただの偶然なのか。ラクスは微笑むとこう言い返してくる。 「お気になさらず。当然の義務、ですからね」 こう言い返しながら、ムウは彼女をどうするべきか、と悩む。 ヘリオポリスから拾ってきお子様達――正確に言えば、その中の一人だけだろうが――と一緒にするわけにはいかない。キラに対する態度だけでも問題がありすぎるのに、その上、民間人とはいえ、プラントの中枢に近い少女を投げ込むわけにはいかないだろう。 幸か不幸か、士官室の空きはある。 そこに、いてもらうのが一番いいのではないか。 「ただし、行動を制限させて頂きます。それだけは御了承ください」 地球軍の機密がある以上、妥協してもらわなければいけない、とムウは口にした。 「……仕方がありませんわね……できるだけ努力はさせて頂きますわ」 この言葉をどう受け止めればいいのか。 一番楽だったのは、放っておくことだったかもしれないな……とムウは本気で考えたくなってしまう。 だが、と思い直す。 彼女がプラントで重要な存在である以上、近くにいるザフトの艦に捜索命令が出ているのではないか。そして、自分たちの一番近くにいる存在と言えばラウ達だろう。 この状況をうまく使えば、誰一人危険にさらすことなく彼等と合流できるかもしれない。あのオコサマ三人にしても、この艦さえ無事であれば心配がいらないのだ。 いや、正確に言えばあの装置さえ無事であれば、と言うべきかもしれない。 「では、こちらに」 厄介だと言えるのは、あちらにこちらの現在位置を知らせることだけかもしれない。 不本意だが、いつまで経っても連中が自分たちを見つけられないのであれば、キラに手伝ってもらうしかないだろうな……とムウは心の中で呟いた。 |