軍医から『カウンセリングをさせて欲しい』と言われていたキラは、ふわふわと艦内を移動している。そのすぐそばには、まるで彼について歩く子犬のような表情でステラがいた。
「帰りに、シン君達の顔を見ていっても、いいかな?」
 彼等があまり、自分が友人達に会うことを快く思っていないことをキラは感じている。だが、シンやレイと言った《コーディネイター》であれば、あるいは……と思ったのだ。
「……彼等なら、いい、と思う」
 キラを傷つけないから、とステラは言葉を返してきた。
「でも、キラを連れてくなって、ムウが……」
 だから、どうしよう……とステラは首をかしげる。
「そうなんだ」
 フレイとカズイのセリフを聞いたんだな、とキラは思う。そして、それで怒っているのか……とも。
 そして、ステラ達がムウの命令に逆らえるはずがないって事も知っていた。
「無理言って、ごめんね」
 後で、ムウに直接、頼んでみよう……と思いながらキラはこう口にする。
「後で、スティング達に、相談、してみる」
 何かいい方法を考えてくれると思う、とステラは笑う。だから、キラにも笑って欲しい、と彼女は付け加えた。
「ありがとう、ステラ」
 彼女が精一杯考えてくれたことが嬉しい。
 そう思って、キラは彼女に微笑みを向けた。
「ステラ、キラ、守るの」
 だから、キラは笑っていて……とステラは口にする。そして、そのままキラの腕に自分のそれを絡めてきた。
「ステラ……」
「シンも好き。だから、後で、ちゃんと会わせてあげる」
 だから、今は先生のところに行ってね……と彼女は幼い口調で告げてくる。
「……わかってるよ。兄さんにも、迷惑をかけられないしね……」
 これ以上、とキラは呟く。
 その時だ。
 ムウ達がキラの脇を通り過ぎていった。しかし、いつもは声をかけてくれるのに、今は視線も向けてはくれない。
「何か、あったのかな?」
 それも、何か大変なことが……とキラは思った。
「後で、誰かに、聞いてみる」
 だから、キラは気にするな、と彼女は見上げてくる。戦闘に関わることかもしれないから、あえて声をかけなかったのではないか、と彼女の視線が告げてきた。
「……それも、わかってるよ」
 だから大丈夫、とキラは口にする。
「うん。早く診察終わらせて、ご飯、食べよ?」
 ね、とステラはキラの腕に頬をすり寄せてきた。

「さて……と……」
 カナードは自分の機体の中で小さく伸びをする。
「この情報、ラウ兄さんに教えた方がいいんだろうな」
 プラントの船から射出された救命ポートを確認したのが先刻のこと。それを保護するべきかと悩んでいた間に、ムウが乗り込んでいる地球軍の軍艦から発進したMSがそれを確保していった。
 ムウがいる以上、あの救命ポートの中に乗り込んでいるものが誰であろうと身柄は保証されるだろう。
 しかし、と思う。
 コーディネイターをどこまで容認してくれるかはわからないのだ。
「……もっとも、要人が乗り込んでいれば……あの艦が撃破される可能性は少なくなると言うことか」
 保護された相手には悪いが……とカナードは心の中で付け加える。これで、キラの命が危険に脅かされる可能性は減っただろう。
 キラの無事が保証されるのであれば、プラントにとってどれだけ重要な相手であろうと差し出してやる、ともカナードは考える。自分にとって大切なのは、あの子の存在だけなのだから。
「それに……うまくいけば、ムウ兄さんとも合流できるか」
 ラウがあの船を捕縛してくれれば、話は早くなる。
 第一、ムウの本来の地位を公表すれば、ザフトでもどうすることもできないだろうし……と、そう思う。
「それに、あれもいるしな」
 ウズミが手配した護衛。
 その存在を、カナード自身も今回のことがあるまで知らなかった。
 いや、ウズミにしても今回のことが起こらなければ自分の胸の内だけに潜めておいたのではないか。そう思う。
 彼は、自分の《娘》を愛しているのらしいのだ。
「あの子も、俺たちにとっては可愛い《妹》だがな」
 早くに離れてしまったからか。それとも、平穏な暮らしをしているからか。キラほど《大切》だとは思えない……というのが本音だ。
 それはあちらにしても同じだろう。
 キラの存在からあの子のことを突き止められては困る、と思っているのかもしれない。あるいは、彼にしてもあの日から影から見守ってきた《キラ》の存在を好ましく思っているのだろうか。
 どちらにしても、このままの状況でいいとは思っていないことだけはわかっていた。
「ともかく、ここにいても仕方がないな」
 それに、今回のことが何かのきっかけになることだけは間違いのない事実だろう。
「かといって、今、あいつらに見つかるのは厄介か」
 戦闘となっても負けるつもりはない。
 しかし、出てくるのがムウがお気に入りのオコサマではうかつなことができない。あるいは、艦内でキラと仲良くなっているかもしれないしな、とも考えられるのだ。
 もし、傷つけでもしてしまえばキラが悲しむだろう。
「結局、俺にはどんなときでもキラが必要なんだな」
 でなければ、自分はどのような行動に出るかわからない。世界を壊すことすらためらうことはないだろう、と思うのだ。
「結局、俺も壊れた人間なんだろうな」
 自覚ができているだけマシなのか、と自嘲の笑みを浮かべる。
 それに、自分には世界で一番重要な指針があるのだ。
 それさえ、自分の手の中に残っていればいい。
 その存在さえあれば、自分が道を誤ることはないだろう。それもわかっている。
「キラ……」
 心の中に、あの優しい微笑みを浮かべた顔を思い浮かべた。
「俺がかならず、お前を自由にしてやるからな」
 だから待っておいで……とその面影に向かって囁く。
 そのまま、カナードはゆっくりと機体を移動させた。