「少佐……」
 どうしますか……という言葉に、ムウは眉を寄せる。
「どうするもこうするも……拾わなければいけないだろう? たとえ、ザフトのものでも、だ」
 救助信号が出ている以上……と彼は口にした。それは、最低限の義務だし、とも。
「そうですな。また、上からはいろいろと言われるでしょうが」
「関係ないだろう? 前線で戦ってりゃ、相手に対しての敬意っていうものも持たないとな」
 強い相手であればあるほど、という感覚は、いすに座ってふんぞり返っている連中にはわからないだろう、とムウは思う。だからこそ、あの連中は《コーディネイター》はどこに住んでいようと何であろうと、ひとくくりにしてしまうのだろう。
 キラに関しても同じだ。
 それでも、連中にしては《寛大》な態度を見せているのは、キラの経歴と、その保護者が自分たちだから、だろう。
 自分に離叛されては困る。
 それ以上に、オーブを敵に回すのは困る。
 マルキオという存在の言葉のせいで、人民に自分たちに対する猜疑心が生まれては困る。
 そう言うところだろう、とムウは推測していた。
 もっとも、今の自分は既にキラを連れて逃げ出す方法を考えていたりするのだが。ただし、それは最後の手段だ、ともわかっている。その前に、できるだけあがいておこう、と思ってもいた。
「そうだな……スティングを出してくれ」
 訓練には丁度いいだろう……とムウは口にする。
「本当は、少佐が出られれば一番よろしいのでしょうが……」
「ゼロじゃ、無理だからな。だからといって、ストライクは、使えない。使う気もないがな」
 そのために、キラにあれのOSを作らせるようなことはしたくない。
 自分が作れ、と言えば、キラが断らないことはわかっている。実際、カナードのためのOSを手がけてはいるらしい。しかし、今のキラは、薄氷の上にかろうじて立っているような状態なのだ。ちょっとした衝撃をくわえるだけで、キラは簡単にあの時の状況に戻ってしまいかねない。
「うちの開発陣に、もう少し能力があれば、あの子を追いつめなくてすむのでしょうがね」
 彼の耳にも先日の一件は届いているのだろう。それは当然のことだ、とムウは思う。
 しかし、彼の良いところはこうして《キラ》の心情も考えてくれることだ。同時に、それは他の民間人の《コーディネイター》達にも適用されているらしい。
「……ともかく、俺は絶対に、あれの開発にキラを関わらせるつもりはない。それだけはお前さんからも釘を刺しておいてくれ」
 とりあえず、自室には許可を得たもの以外入室禁止にしてあるから大丈夫だろう。
 それでも、油断はできないな……とムウは眉を寄せる。
「カオス、発進準備ができました」
 そんな彼の耳に、CICからの報告が届く。
「わかった」
 意識を切り替えると、ムウは手元の通信機のスイッチを入れた。
「スティング。わかっていると思うが、壊すなよ?」
 機体を……ではなく、救命ポートをだ、と付け加えればモニターの中で彼は頷いてみせる。
「頼んだぞ」
 この言葉を合図に、彼は飛び出していった。
「さて……鬼が出るか、蛇が出るか」
 だが、これが何かのきっかけになるのではないか。
 そのような予感が、ムウの中にはあった。

「……ラクスが……」
 まさか、キラだけではなく彼女までこの宙域で行方がわからなくなってしまったとは。
 その事実に、アスランは呆然としてしまう。
「ラクス嬢が、一体何故、この宙域に?」
 アスランを気にしたのだろうか。
 それとも、個人的に興味を抱いているだけなのか。
 どちらが正しいのかは、アスランにもわからない。しかし、それは自分も聞きたいことであるのだから、誰が質問をしてもかまわないか、とも思う。
「ユニウスセブンの慰霊団の団長として、おいでになったそうだ」
 その船が地球軍が臨検を受けている……という連絡を受けた後、行方がわからなくなったのだ、とラウが口にした。
「あの艦ですか?」
 自分たちが追いかけていた、とミゲルが問いかけてくる。
「違うだろうな。ラクス嬢が行方不明になったのは、我々があの艦を見失った時期と符合している。位置的に不可能だろう」
 冷静な口調でラウが言葉を返してきた。
「他の船、という事ですか?」
「破壊したのはな……ただ、あちらの艦に、ラクス嬢が収容されている可能性は否定できない」
 先日の戦闘中にも、難民を保護しようとしていたからな……と言うラウの言葉を、アスランも信じたいと思う。でなければ、キラがどうなっているのかわからないのだ。
「……前線の指揮官は、それなりに慣習を重んじてくれるはず、ですからな」
 アデスが口を挟んでくる。
「そう言うことだ」
 だから、脱出しているのであれば、命がある可能性はある……とラウは口にした。救命ポートの延命期間は二週間だ、とも。
「つまり、脱出していれば、まだ生きている可能性があると言うことですね」
 ラクスは……とアスランは何とか言葉を絞り出した。
 自分が、身近な人間を失うという事態に弱いのだ……と言うことを初めて認識させられた、というのだろうか。今までは、そんなこと、自覚をしていなかったのだ。
「そう言うことになるね」
 ラウがかすかな気遣いを滲ませながら頷いている。
「船体の方は、先ほど偵察用ジンが発見したそうだ。現在、内部の捜索が続けられている」
 それでも、今のところ、ラクスの遺体とおぼしきものは発見されていないし、救命ポートの使用も確認されている、と淡々とした口調でアデスが報告をしてきた。
「もっと詳しい報告が入り次第、確認のために出撃をする予定だ。君たちは、いつでも出撃できるよう、体勢を整えておきたまえ」
 その中には精神的なことも含まれているのだろう。それはアスランにもわかっている。
 だが、と彼は心の中で呟いた。
 果たして、今の自分にそれが可能なのだろうか。
 ただでさえ、キラのことで精神がとがっているのに、婚約者という名目で引き合わされた少女まで……と考えただけで背筋を冷たいものが伝い落ちていく感覚が走る。
 恋情や愛情と言った感情を彼女に抱いているわけではない。
 それでも、友情に近いものは感じているのだ。
 そう言った面では、彼女もかけがえのない存在だと言っていい。
 だからこそ、彼女を失うことは考えたくないのだ。
「大丈夫ですよ、アスラン。誰であろうとザフトの人間であれば、《ザフトの歌姫》の命を優先するはずです」
 そして、地球軍の軍人であろうと、発見すれば保護をするはずだ。そのニコルの言葉に、アスランは小さく頷き返すのが精一杯だった。