プラントの最高評議会は対応に追われていた。
「まさか、ラクス嬢が……」
「通信機の故障ではないのか」
「地球軍のジャマーが通信を阻害している可能性もある」
 こんな言葉を口にしながらも、彼等はそれが気休めだ……と言うことをわかっていた。
 地球軍の軍艦の臨検を受けている、と連絡が入った後、全ての通信と識別反応が途絶えたのだ。考えられる結果は一つしかないであろう。
 だが、と思う。
 今、彼女の存在を失うわけにはいかないのだ。
 彼女の存在が、民衆の心を安定させている。その事実が動かしがたい以上、何が何でも生きていてもらわなければいけない。
「……少なくとも、何かあった場合、彼女だけは脱出させているはずだ」
 パトリックが苦々しさを隠せない口調でこう告げる。
「彼女の存在の重さは、ザフトのものであればよく理解しているはずだからな」
 だからこそ、彼女は《ザフトの歌姫》と呼ばれているのだ。それは、彼女の歌声で一番いやされている存在がザフトの兵士であるからに他ならない。
「……あの宙域にはクルーゼ隊がいたな」
 もちろん、彼等が今、厄介な任務に就いていることはわかっている。だが、大至急確認できる者達と言えば、彼らしかいないだろう。
 それに、とパトリックは心の中で呟く。
 クルーゼ隊にはアスランがいる。
 二人を婚約させたのは自分だ。だから、今回、彼がうまく立ち回れば政治的にも自分が優位に立てるだろう。
「だが、彼等は……」
「……地球軍の軍艦はまだ発見できていないのだろう? その策敵ついでに、ラクス嬢の捜索を行えばいい」
 それに、とパトリックは眉を寄せる。
「地球軍のバカでも、まさか、救命ポートを破壊するようなまねはすまい……と思いたいのだがな」
 いくらプラントに人間とはいえ、相手は民間人の少女なのだし……とその表情のままパトリックははき出すように口にした。
「そう、だな」
 そう信じたいものだな、とシーゲルも頷く。
「……現場にいる人間は、上層部よりはましな考えの持ち主が多い、と聞いておりますからね」
 だから、信用したい……と口にしたのはユーリだ。
 そう言えば、彼も比較的ナチュラルに好意的だったな、とパトリックは心の中で呟く。もっとも、その気持ちもわからなくはない。自分にも、例外だと言える相手はいたのだ。
 だが、と思う。
 その人物は既にこの世にいない。
 そして、その人物の子供は今、地球軍に無体な状況に置かれているらしいのだ。
 あるいは、二人一緒に保護できるかもしれない。それが虫の良い考えだと言うことはわかっている。そして、最高評議会の一員である以上、どちらを優先しなければならないのかはわかっていた。
 それでも、と思ってしまうのは、自分も一人の人間だ、という証拠なのだろうか。
「どちらにしても、同胞は守らなければならない。それが、どこの国籍を持っていようともだ」
 自分たちはナチュラルに比べれば少数しかいない。
 だからこそ、一人一人を大切にしなければいけないのだ。
「オーブと、敵対するわけにはいきませんからね」
 彼の国を経由して送られてくる食材が、今のプラントを支えているのは間違いないのだ。新たな農業用プラントを建設するまでは、この状況が続くだろう。
 そうである以上、彼の国とのパイプを失うわけにはいかないのだ。
「クルーゼと、その部下達であれば……大丈夫だろう。そう信じるしかあるまい」
 パトリックは結論を出すようにこう口にする。
「もっとも、確実性を増すために、あちらに偵察用のジンを向かわせることはやぶさかではないがな」
 その情報をヴェサリウスに伝えて、クルーゼに対処させてもいいだろう、とも。
 この言葉に、誰もが頷いた。

 その光景を、デュランダルは冷めた眼差しで見つめていた。
 ラクス・クラインは確かに失うことができない存在だ。
 だが、あの子供の方がより重要な存在だと言える。もっとも、その事実を知っているのは今、自分だけしかいない。
 そして、それを知らせるつもりは、自分にはなかった。
 あの子供の価値は自分だけが知っていればいい。
 もっとも、あの子供の存在は、彼等にも認めてもらわなければいけないのだが。
 あの子供の命に関してはまったく心配していない。それこそ、自分の身と引き替えにしてでもあの子供を守るよう、もう一人の子供を教育してきたのだ。
 もちろん、もう一人の子供も自分にとっては大切な存在だ。だが、あの子供に比べれば劣ると言うだけなのだが。
 いつまで、くだらない話し合いをしているのだろうか。
 しかし、と心の中で呟く。この機会をうまく利用すれば、あの子を手元に呼び寄せることも可能だろう。そう考えれば、黙って待っていられるだろう。
「……タイミングが、重要だろうな」
 どちらにしても、自分がその場にいない以上、彼に任せるしかない。
 彼であれば、安心して任せられるだろう。
 心の中で付け加えられた言葉は、誰の耳にも届かなかった。