「お帰り」
 部屋に戻ったムウに向かって、アウルがこう声をかける。
「とりあえず、魘されてたけど、声をかけたらすぐにおさまったみたいだぜ」
 もっとも、見ている夢までは責任持てないが……と彼は付け加えた。
「わかってるって……」
 そんなアウルに向かって、ムウが笑いかけてくる。そして、ぽんぽんっと頭を軽く叩いてくれる。その感触が気持ちよくて、アウルは眼を細めた。
「しかし……何でそういう体勢なんだ?」
 次の瞬間、彼の唇からため息がこぼれ落ちる。
「何でって……添い寝してろって言ってたじゃん、ムウが」
 じゃんけんで勝ったから、自分がその役目をしているのだ、とアウルは言い返す。
 そんなアウルの膝にキラが頭を預けていた。その重みが気持ちいいと思える自分に、アウルは内心驚いていたと言うこともまた事実ではある。
「それに、こうしてるとおとなしく寝ててくれるんだよ」
 訳がわからないけど、安心をするのかな、とアウルは口にした。自分たちがムウにほめられると安心するように、人のぬくもりがキラに作用しているのかもしれないとも。
「だろうな。こいつは……甘えん坊だったしさ」
 ショックが大きいからこそ、誰かにすがりつきたかったのだろう。しかし、自分は側にいなかったし、友人達は別の部屋にいたからな、と口にすると、ムウはベッドの脇に腰を下ろした。そして手を伸ばしてキラの髪をなでる。
「と言っても、これだけ熟睡しているところを見れば、お前のことを信頼しているからだな」
 でなければ、触られても目覚めないと言うことはないのだ、とムウは微笑む。
「ありがとうな」
 この言葉が、自分たちにとっては何よりのご褒美だ……と彼は知っているのだろうか。
 キラの側にいた……というだけでそのご褒美がもらえるとは思わなかった。アウルは心の中でこう呟く。他の任務と違って、それはとても心地よいものだったからだ。
「こんな事なら、いつでも引き受けるって」
 他の二人を蹴落としてでも……とアウルは笑った。
「……それはやめておけ」
 そんなことでけんかをされても困る……とムウはため息をつく。
「お前らは、三人でワンセットなんだ。もし、キラのせいでお前らの関係がぎくしゃくするというのであれば、キラとの面会は禁止するぞ」
 キラの精神状況にとってマイナスになるかもしれないとわかっていてもだ、と彼は口にした。
「……それは困る……」
 キラと会って、彼と話をするのは自分にとってはもうなくてはならい時間となりつつある。それを奪われるのは困る、と本気でアウルは思う。
「他の二人だって、キラは気に入っているんだし……こいつと一緒に来た友人達だって同じだろ?」
 そうとは言い切れないような気もする。しかし、ムウがそういうのであればそうなのだろう……とアウルは判断する。
「まぁ、今のところ、お前らは暇なんだし……キラにくっついていてやってくれ」
 自分の代わりに、とムウは口にする。
「俺が信頼できるのはお前らだけだからな」
 さらに付け加えられたこの言葉に、アウルはしっかりと頷き返す。
「俺たちは、あんたを裏切らねぇよ」
 そしてこう言えば、ムウは笑みを深めた。

「キラ……」
 視界を通り過ぎていく微少惑星やデブリを視界に捕らえながら、アスランの意識は別のところへ向けられていた。
「……お前は、無事なのか?」
 地球軍の軍艦の中で……とアスランは心の中で、幼なじみの面影に問いかける。
 もちろん、地球軍にだってまともな意識を持った人間はいるだろう。そして、彼等にしても《オーブ》を敵に回すわけにはいかないはずなのだ。
 だから、身体的に危害を加えられる可能性は少ないかもしれない。
 しかし、精神的にはどうだろうか。
 あいつらが《コーディネイター》の人権を認めてくれるとは思えない……とアスランは思う。
「……あの時、俺が……」
 彼を保護できていれば良かったのだ。
 それが無理な状況だ、とはわかっていても自責の念を振り払うことができない。
「俺は、もう誰も失いたくないから……軍人になったのに……」
 今の自分に残された《唯一の存在》言っていいキラを守れなかったなんて……と思えば、心穏やかでなんていられないのだ。
 そして、現在、自分たちはまだキラ達が乗っていると思われる地球軍の戦艦を見つけていない。
 このままでは、月は付きにたどり着いてしまうだろう。
 自分たちにとって、幼い日を過ごしたあの地は、もうあの穏やかさを失っている。
 いや、それだけならばいい。
 彼の地は地球軍の宇宙での本拠地である以上、コーディネイターの存在を認めていないのだ。いくらオーブの人間とはいえ、あの地ではどのような処遇に置かれるかわからない。
 そのような場所で、あの心優しい存在が耐えられるだろうか。
 はっきり言えば、無理だとしか言いようがない。
「あの人が、キラの存在を知っていれば……多少は違うんだろうが……」
 それでも、いくら地球軍の《英雄》と言われる存在でも、軍人である以上自由はきかないはずだ。
 それよりも、キラが保護されていると知っているかどうか、という問題もある。
「キラ……かならず、俺が……」
 助け出してみせる……とアスランが付け加えたときだ。
『アスラン・ザラ! 大至急、ブリッジへ!』
 いきなり彼を呼び出す放送が艦内に響き渡る。
「何か、あったのか?」
 それも、自分を名指ししていると言うことから判断して、個人的なことかもしれない。だが、そのようなことで呼び出されるとすれば、父が関係しているのか。
 あの父の性格を考えれば、私的なことではないだろう。
 では、何なのか。考えてもわからない。
「……ブリッジに行けば、わかるか……」
 それが一番手っ取り早いだろう。
 第一、このまま無視していればまた呼び出しの放送が入るに決まっているのだ。
 仕方がない、と小さくため息をつくと、アスランを移動を開始した。