「……フレイ・アルスター……だと」
 送られてきたメールに目を通したラウは忌々しさを隠せないというようにこう呟く。
「だとすれば、今回の一件もあの男がしくんだ……という可能性がある訳か」
 しかも、そのためにヘリオポリスを崩壊させた……というのであれば、さらに許せないものを感じてしまう。
「調べてみるか……」
 うまくいけば、あの男を自分たちの視界から抹殺することができる。少なくとも、権力さえ取り上げてしまえば、今までのような悪巧みもできないだろう。
「……あるいは、あの子に任せるか、だな」
 自分よりも彼の方が身軽に動ける、と言うことはわかっている。
 何よりも、自分には優先しなければいけないことがあるのだ。
「キラだけではなく、お前にもそろそろ戻ってきてもらおうか」
 その方がいろいろと都合が良さそうだし、とラウは笑う。
「いい加減、守るだけではらちがあかなくなってきたことだし……ここで攻勢に出てもいいのではないかな」
 キラのために、と。
 どのような立場に身を置いていようとも、自分たちの基本はそれなのだから。
 いや、基本などという言葉で言い表してはいけないのか。
 ムウはどうかはわからないが、自分がこうして生きている理由はあの子供を守るためだと言える。キラを失うようなことになれば、自分自身が正気でいられるかすらわからないのだ。
 あるいは、全てを憎んで世界を滅ぼすかもしれない。そんな可能性さえも否定できない自分を、ラウは知っている。
 実際、キラが自分を失っていたときには自分でも怒りを抑えるのが大変だったのだ。
 それでも何とか一線を踏み越えずにすんだには《キラ》のぬくもりが自分の手の中にあったからだ。
 彼はまだ生きている。
 生きているなら、再び、自分の名をその唇に乗せてくれる日が来るかもしれない。
 だから、まだ大丈夫だ。
 側で爆発しそうなカナードにそうさとしながら、自分にも言い聞かせていたのだ、と言うことをラウは否定しない。
 しかし、また同じような事態にならないとも限らないのだ。
 だから、と思うのは、自分の心に余裕がなくなっているからなのか。
「それとも、いい加減、周囲をだましていることに疲れたのかな、私は」
 さすがに、誰の目から見てもいい上官でいるのに……とは口にしない。それでも、愛おしいあの子の顔を見たいと思ってしまうのだ。そして、そのぬくもりを感じたい、とも。
「その点に関してだけは、今、お前がうらやましいと思うよ」
 ムウ……と呟いた声は、言葉にならなかった。

 気に入らない、とフレイは爪をかむ。
「何で、あいつらまでが邪魔をするのよ」
 地球軍が、とフレイは呟く。彼等こそ、率先してあいつらを利用するために動かなければいけないのに……と。
「……キラも、そうしてくれる、と思ってたのに……」
 というよりも、頼めばやってくれるはずだ……と思っていたのだ。
 だが、あれだけ拒否反応を示すとは予想もしていなかった。
「何が、あったのかしら……」
 それは気になる。
 知らなければ、何か大きなミスをしてしまうかもしれない。
「せっかく、パパが信用して任せてくれたのに……」
 それなのに、自分のミスのせいで失敗したらきっと許してもらえないだろう。
 第一、それではどうして自分が嫌悪感を隠してまであいつらの側にいたのか……と思うのだ。
「……キラはいいのよ……あの子は、あたし達に嫌悪感を抱いていないんだもの」
 そして、コーディネイターとしてこの世に生まれた理由も理由だ。第一、第一世代であるのであれば、ナチュラルの女性と結婚して、普通に子供を作ればいいだけだ。その子供は間違いなく《ナチュラル》と分類していいはずだ。
 だから、まだ嫌悪感は少ない。
 何よりも、キラは優秀だし自分にも優しいから、生きていてもらってもかまわないだろう。でも、とフレイは心の中で呟く。
「あの二人は、邪魔よね……あいつらがいると、いつまで経っても、キラの説得ができないじゃない」
 だからといって、現状では排除できないのだ。
 自分にその権限はないし、ムウは彼等に同情的だから、排除しようなんて考えないのだろう。
「本当、どうしようかしら」
 もう少し、自分に協力してくれる人間が艦内にいてくれれば話は早いのに、とフレイは思う。
「……ともかく、月までキラを連れて行けば」
 後は、あそこの人たちが何とかしてくれるに決まっている。だから、自分は自分の存在を盾にしても彼を連れて行かなければいけないのだ。
「大丈夫……きっと、成功するわ」
 そうなれば、ザフトなんてやっつけられるって、パパが言っていたし……とフレイは笑う。それは、まるで鬼のような表情だった。

「……そう言うことかよ……」
 やっぱりな……とムウはため息をつく。
「全ては仕組まれたことだったと……」
 そのせいで、キラがどれだけ傷つくか、考えていないのだろう。いや、キラだけではない。あの地で暮らしていた者達がみな、日常を奪われたのだ。それを気づいていないとは……
「どうするかな」
 もちろん、このままキラを月に連れて行くつもりはない。だが、下手な場所で解放するわけにもいかないのだ。
 この周辺はデブリも多い。
「あいつが、どれだけ使い物になるんだろうな」
 それ次第では方法がないわけではないのだ。
「……ザフトに行かせるわけにもいかないだろうし……な」
 いっそ、カナードに迎えに来させるか。そんなことすら考えてしまう。それが不可能だ、とわかっていてもだ。
「ともかく……キラの寝顔を見に戻るか……」
 それで気分が落ち着けばいい方法が見つかるかもしれない。第一、可愛い声でおねだりされたしな、とムウは呟く。
「お前の存在が、俺にとっても一番なんだよ」
 だから、絶対に誰かに利用される存在にはさせない。こう呟くと、ムウは腰を上げた。