忘れていたわけではない。
 自分はただ、その事実を心の奥深くに封じ込めていただけなのだ……とキラはようやく認識をした。
 あるいは、自分が壊れないために必要なことだったのか。
 両親が死んだことは覚えていたのだ。
 そして、そのせいでカナードと共にマルキオに引き取られたこともだ。
 だが、どうして両親が死んだのかは記憶の中から抜け落ちていた。
 兄たちもそれについては口にしなかったから、忘れていてもいいことなのだ、と思っていたことも事実。だが、それは単に自分がそう思いたかっただけなのかもしれない、とキラは気づいてしまった。
「……父さん……母さん……」
 彼等は自分のせいで死んでしまったのに。
「忘れていたなんて……」
 そして、自分は何もかも忘れてのうのうと生きていたのだ。
「でも、何で……」
 彼等が死んだのは自分のせい。
 それは間違いない事実だと言える。
 しかし、その原因は何だったのだろうか。
 何か、きっかけがあったはずなのに、それを思い出せない。
「何で、父さんと母さんは死ななくちゃいけなかったんだっけ」
 キラは思わずこう呟いた。
「……思い出さなくていいことだ、それは」
 その時だ。
 頭の上の方からムウの声が届く。視線を向ければ、心配そうな彼の眼差しとぶつかる。
「でも」
「というより、思い出さないで欲しい……っていうのが本音なんだよな」
 ゆっくりと歩み寄ってきた彼は、こう口にしながら、キラの枕元に腰を下ろした。そして手を伸ばすと、そっとキラの髪をなでてくれる。
「あの時のお前の様子を覚えているからな……あんなお前を、もう二度と見たくない」
 ムウは優しい口調でさらに言葉を重ねてきた。
「ついでに、そのせいで自分を責めているカナードもな」
 自分のことだけだったら、キラも素直にうなずくことはできなかっただろう。だが、カナードのことまで出されてはうなずかないわけにはいかない。
 それでも、何か引っかかるものがあるのだ。
「……ムウ兄さん……」
「大丈夫だ。お前を軍に関わらせるようなことは、絶対にしないから」
 だから、こんな騒ぎはもうない、と彼は口にする。
「ともかく、寝て起きれば今のことは忘れるって。一人で寝られないなら、俺が添い寝……というのは無理だから、誰かおいていってやる」
 もっとも、ステラを添い寝させるわけにはいかないが……と苦笑混じりに付け加えた。確かに、女性と同じベッドで寝るのはまずいだろう……と言うことはキラにもわかる。でも、という気もしないわけがない。
「兄さんは……側にいてくれないの?」
 困らせるとわかっていても、ついついこう言ってしまったのは甘えたいからなのだろうか。それとも、不安が残っているからなのか。
「今はちょっとな……でも、できるだけ早く帰ってきてやるから」
 後は、呼び出されるまで一緒にいてやるよ……とムウは笑う。それだけで今は妥協するしかないのだろう、とキラは判断してうなずいて見せた。

 スティングの方が安心できるのだが、本人がどうしても……というのでアウルに後を任せてムウはブリーフィング・ルームへと向かっていた。そこで、マリューとマードックが待っているはずなのだ。
「ったく……せっかく、忘れていてくれたのに……」
 どうして、キラに思い出させるようなまねをしてくれたのか。
 連中が仕事熱心だから。それが理由なのだろうと言うことはわかっている。だが、せめて一言ぐらい断りを入れてくれさえすれば事前に止めることも可能だったはずなのに。そう思う。
「……知らなかったから仕方がない……なんて言われたくないからな、俺は」
 むしろ、知らなかったからこそ問題なのだ。そのせいで、危なく《キラ》を失いそうになってしまったのだ、自分は。
 そんなことになったら、後の二人がどのような行動に出るかわかったものではない。
 今だって、ラウが攻撃を仕掛けてこないのはこの艦に《キラ》が乗っていると知っているからだろう。そう言いきれるのは、キラが《アスラン》にあった、と言っていたからだ。
「本当に厄介ごとばかり引き起こしてくれるよな、上層部は」
 ストライクを使えるようにしろ……という意見にはある程度賛成だ。
 しかし、そのために《キラ》にOSの整備をさせるのは絶対に阻止しなければいけないと思う。
「ともかく、あいつらにはきちんと話をしておいて……あぁ、ついでに守秘義務もだな」
 もっとも、どこまで聞き入れてくれるだろうか。
 マードックの方はキラが倒れるシーンを眼にしていたのだからある程度は大丈夫だろう。しかし、マリューの方はどうだろうか。
 いや、原因を聞けば彼女にしても無理強いをしてまでキラにさせようとは思わない、と考えられる。そう言った甘さが彼女にはあるのだ。
 だから、腹を割ってはなせば大丈夫なのではないか、と期待をする。それで理解をしてくれないようであれば、それこそキラ達を連れて飛び出すしかないのではないか、と思う。
「後は、あちらの方か」
 キラの友人達だというナチュラル達。
 その中でも《フレイ・アルスター》は要注意だろう。
 もっとも、彼女にしても全てを知っているはずがない。いや、あの男が全てを伝えるわけがないのだ。それが自分にとってまずいことだと理解しているはずだし、とムウは心の中で付け加える。
 しかし、それだからこそ、あの少女は無邪気に自分が信じるままの行動をとり続けるだろう。それがどれだけ醜悪で、重大な罪になるのか知らないままに、だ。
「俺がだめでも、あの坊主に任せればいいのかもしれないがな」
 キラと一緒に来た少年。
 あのカナードがそれなりに信頼している相手だ。任せても大丈夫なのではないか、とは思う。少なくとも、彼の身元はあの方も保証してくれていることだし、と心の中で呟く。
 だが、彼等にしても不安がないわけではない。
 もう一人の方に関しては情報を集めきることができなかったのだ。
 最悪、プラントからの回し者だ、という可能性も捨てきれない。それだけならまだしも、あの男の手の者だとしたら話は厄介だ。
「あいつの本当の秘密を、知られたらやばいよな……」
 地球軍にばれても、ザフトにばれても、キラはねらわれる。それだけは何がなんでも避けなければならない事態だ。
 だからこそ、自分がしっかりとしなければいけない。
 自分が守らなくて、他の誰がキラを守るというんだ。
 あの子供を守る、と言うことは自分が決めたことだろう。
 ムウは自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
 そして、表情を引き締めるとブリーフィイング・ルームへと体を滑り込ませる。
「待たせたな」
 こう口に出して告げたときにはもう、いつもの彼に戻っていた。