マルキオ氏の家は、ヴィアおばさん達と過ごしていたところと同じように穏やかな場所だった。
 その場所で、俺たちは隠れるようにひっそりと過ごしている。そんな俺たちをカリダおばさんがかわいがってくれたことだけが心を和ませてくれた。
 マルキオ氏が何者なのかはわからないが、カリダおばさんとその夫であるハルマおじさんは、彼が引き合わせたのだと言う。そして、マルキオ氏はヴィアおばさん達とも知り合いであるらしい。
「……来ないね……」
 キラとカガリとともにベッドの中にいたカナードがこう呟く。
「いつ、来るのかな……」
 それが誰を指しているのか、聞かなくてもわかる。
「約束しただろう。そのうち、きっと来るよ」
 こうは言うものの、俺にはもう、彼女が俺たちの前に姿を現さないだろう事はわかっていた。
 そして、きっとカナードにもわかっているのだろう。そばにねているキラをそっと抱きしめている。
「カガリも抱っこしてやらなくていいのか?」
 からかうようにこう問いかければ、
「だって、カガリは抱きしめると蹴飛ばしてくるんだよ」
 起きているときならいいけど、眠っているときはいやだ……とカナードは言い返してくる。そのセリフに、俺は思わず苦笑を浮かべてしまった。
「それを言うなら、お前だって同じだぞ」
 そんなカナードをからかうようにラウが口を開く。
「……そんなこと、俺は……」
「わからないだろう? 眠っているのだから。カガリだって、それは同じだよ」
 だから、そう言うことをするなら、カガリが目を覚ます前にちゃんと起きてごまかしなさい……というセリフは違うのではないだろう。
「ラウ……」
「カナードが二人とも同じくらい好きなことはわかっているんだ。そのくらいかまわないんじゃないかな?」
 違うか、とラウはしっかりと言い返してくる。
「否定はしないけどな」
 だからといって、そんなごまかしを教えてどうするんだ、と俺は口にした。
「それも処世術だろう?」
 まぁ、どうするかはカナードが決めることだが……とラウはあっさりと言い返してくる。
「……本当にお前は……」
 いろいろありすぎたからな、こいつは。多少性格がゆがんでいたとしても仕方がない。
 だからといって、他の子にまでそれを伝染させて欲しくないな……と小さなため息を着いたときだ。
「キラ?」
 ふぇっと小さな声を漏らしたかと思った次の瞬間、キラが泣き出す。
「どうしたんだ?」
 それに、カナードが慌てたように声をかけた。
「……おねしょだな……」
 視線を向ければ、ラウが心得たというように立ち上がる。
「おむつか」
 そして、こう問いかけてきた。
「どうせ、すぐにカガリも泣き出すぞ」
 だから、二人分な、と付け加えれば、あいつは小さく笑う。そして、おしめを取りに足早に歩き出した。

 しかし、いつまでもこのぬるま湯の中で生活しているわけにはいかないらしい。まして、俺たちはある意味《逃亡者》なのだから。
「話があります」
 そう言って、俺とラウがマルキオ氏に呼び出されたのは、それからしばらく経ってのことだった。
 そして、俺たちはカガリを養女に出すとその場で聞かされた。
「……カガリを?」
 何故、と思う。
 今までずっと、五人でいたのに……どうしてカガリを他の誰かに渡さなければいけないのか。その理由がわからない。
「……キラ君とカナード君を捜している連中がいるのですよ」
 マルキオ氏はそんな俺たちの気持ちを感じ取ったのだろう。さらに言葉を重ねてくる。
「あいつらを?」
 あの二人がねらわれる……とすれば、その誕生の仕方のせいだろう。
 そして、ヴィアおばさんやその夫だったユーレン博士がここにいないのも、その研究を進めていたからに決まっている。
 この程度の知識は、俺にもあった。もっとも、どうしてそんなことをする連中がいるのかまではわからないんだが。
「……あの二人がねらわれているのはわかりますが……それで、どうしてカガリを養女に出さなければいけないのですか?」
 その理由をわかるように説明して欲しい。ラウが言外にこう問いかける。
「彼等が、二人を捜す目印としているのが……ナチュラルとコーディネイターの《双子》だから、ですよ。年齢が離れている兄弟であれば、種族が違うものもいますが……双子となれば、話は別ですからね」
 キラとカガリ以外にいないのではないか。
 ただでさえ、コーディネイターで双子というのは珍しいというよりも皆無に近いというのに、と彼は告げる。
「第一世代の子供二人であれば、普通の兄弟と言ってごまかせるでしょう……ヤマト夫人も、カガリさんを手放すのはいやがっておられましたが……キラ君を他の誰かに預けるよりはマシだろうと、納得してくださいました」
 カガリは普通に生まれた。だから、普通の生活をさせてやってもかまわない。
 だが、キラとカナードは良くて監視の元での生活、最悪の場合は命を奪われるかもしれないのだ。
「でも、カガリだって……」
 二人をおびき出すための餌にされる可能性だってあるのではないか。というか……俺だったらそうするかもしれない。
「ですから、決して誰にも手出しができない方にお預けするのですよ、あの子を」
 そういう人物だからこそ、カリダ達もカガリを手放す気になってくれたのだ、とマルキオ氏が微笑んだ。
「どなたなのですか?」
 相手次第で態度を決めさせてもらった方が良さそうだな……と俺は思う。
「オーブのウズミ・ナラ・アスハ氏ですよ」
 さらりと口にされた名前に、俺は息をのんだ。そして、ラウも信じられないというように目を丸くしている。
 確かに、あの人物であれば、誰からであろうとカガリを守れるだろう。オーブの五氏族家と言えば、地球連合だろうとプラントだろうと、一目置いている存在だからだ。
 でも、と思う。
「どうして、そのような方がカガリを?」
 彼にメリットがあるとは思えないのだ。
「亡くなられたアスハ夫人が、ヒビキ博士のご親戚だったですよ。だから、彼によく似たカガリを養女に欲しいとおっしゃるのです」
 キラでないのは、そうすることであの子を目立たせないようにするためなのだ、と彼は続けた。
「大丈夫です。まったく会えなくなるわけではありません」
 むしろ、機会を見て連れてくてくれるはずだ。あるいは、カガリの遊び相手としてキラとカナードが選ばれる可能性もあるだろう。
 この言葉をどこまで信じればいいのだろうか。
「……カリダさん達が納得しているのなら……俺たちも納得しなきゃないんだろうな」
 あいつらを連れて逃げても……守ってやれるとは言い切れないんだ。そこまで、自分を過剰評価していないからな、俺たちは。
「寂しくなるがな……それに、カナードがどうでるか」
 あの子は二人を大切にしている。
 そのうちの片方だけでもいなくなると知れば、どんな行動を取るかわかったものではない。
「あの年齢の子供に、どう説明をすればいいのか……わからないからな」
 もう少し分別が付いていればともかく……とラウもため息をつく。
「それに関しては、私も微力ながらお手伝いをさせて頂くつもりです。キラ君とカガリさんに関しては、まだお小さいですからね。大丈夫だと思うのですが」
 それでも、しばらくは違和感を感じて泣くだろう。
 そのキラの面倒を俺たちに見て欲しいのだ……とマルキオ氏は告げてきた。
「……その程度でしたら……」
 言われなくても、やるに決まっている。
 というより、今の俺たちにできることと言えば、そのくらいしかないのかもしれない。
 自分たちに力がないことが、こんなにも辛いことだとは思わなかった。