「だから、どうして僕がそれをしないといけないんですか?」
 整備主任のマードック、と名乗った相手に向かってキラはこう告げる。
「どうしてってなぁ……」
 なんと言えばいいのだろうか、と言うように彼は言葉を区切ると、頭をかく。
「あれは、お前さんが作ったプログラムで……俺たちにはそれを解析している時間がないから、って言うことかな」
 どうやら、あちらさんが追いかけてきているらしいんだよ……とマードックは付け加える。だから、少しでもこちらの状況を良いものにしておきたいのだ、と彼はさらに言葉を重ねた。
「……僕に、その義務は……ないと思いますが?」
 確かに、あれを作ったのは自分かもしれない。
 しかし、依頼されたわけでも何でもないのだ。
「僕が作ったのは、汎用の工作用スーツのOSです。MSなんて知りません」
 それなのに、どうして自分が責任を負わなくてはいけないのか。キラはそう思う。
「だけどな。俺たちは今、ザフトに追われていて……」
「それも関係ないことです。あの人達だって、中立国の人間まで捕虜にするつもりはないでしょう? それに、条約で軍籍にある方々の命は保証される、と聞いていましたが」
 ザフトに捕まりたくないのはそちらの勝手だ、とキラは言い返す。
 第一、彼等にはちゃんとMSがあるではないか。もっとも、それに乗っているのがステラ達だ……と考えれば一刀両断に切り捨てることはできない。
 それでも、自分は《戦争》に関わってはいけないのだ。
 両軍にそれぞれ大切な存在がいる以上、どちらか片方だけに肩入れするわけにはいかない。
「……それは……そうかもしれないけどなぁ……」
 マードックにしても、キラの言葉の正しさが理解できているのだろう。それでも食い下がらずにいられないのは、彼が地球軍の一員だからなのではないか。
「ともかく、あの機体にはフラガ少佐が乗り込まれるはずなんだ……」
 これならば、キラが協力をしてくれるのではないか。
 そう考えたのだろう。マードックがさりげなく付け加えてくる。
「それなら、なおさらです」
 しかし、キラにしてみればそれは逆効果だったと言い。
「僕は、ムウ兄さんから『関わるな』と言われています。ですから、兄さんが『頼む』というのであれば協力をします。ただし、兄さん以外に使えないものになりますけどね」
 そういうものであれば作る、とキラが言外に付け加える。
「……そう言わずに……」
 まさかムウから禁止命令が出ているとは思わなかったのだろう。マードックはどうしたものか、と言うようにため息をつく。
「本当……地球軍ってあきらめが悪いよな。自分の意志ばっかりごり押しするように教育されているわけ?」
 その時だ。
 今まで黙っていたシンがいきなり口を挟んでくる。
「そりゃ、ムウさんみたいな人もいるけど……あの人の方が例外だろう?」
 他の連中はみんな、マードックと同じような反応を見せるじゃないか、と彼はさらに主張をした。
「第一、俺たちは好きでこの艦に乗り込んだんじゃない! 連れてきた本人とかなんかから許可もらって来いよ」
 それができないから、直談判に来たんじゃないのか、というシンの言葉は正しいのかもしれない。しかし、そこまでストレートに言う必要はないのではないか、とキラはちらっと思ってしまう。
「シン……言いすぎだぞ」
 予想通りというのだろうか。レイがさりげなく口を挟んでくる。
「わかってるけどさ。キラさんが断ってんのに、しつこいじゃん」
 唇をとがらせているあたり、彼はまるで小さな子供がだだをこねているようだ。
「ですが、俺も、フラガ少佐の許可をもらってきてからの話だ、というのは同意です」
 キラの保護者はあくまでも彼だ。
 そして、オーブでも連合でも、成人と認められるのは十八になってから。つまり、今のキラには保護者の許可がなければ何もできないのに等しいのだ。
「そのくらい、してあげればいいのに……」
 しかし、いきなりこんな声が飛んでくる。声の主は、フレイだ。
「ちょっと直すだけでしょう?」
 この言葉に、キラは本気でため息をつく。
「そのちょっとを直すのが大変なんだぞ、フレイ」
「そうよ。だって、そもそも、最初から目的が違うんだし……キラが作ったOSだって、当初の使う予定だったシステムにあわせたものでしょう?」
 それをMSにあわせるためには、機体のスペックから知らなければできない。しかし、それを知ったら、キラは絶対地球軍に解放してもらえなくなるではないか。
 こう言ってくれたのはミリアリアとトールだ。
「そうだよな。そうしたら、最悪、キラはオーブに戻れなくなるって事だろう?」
 それじゃ困るよな……とサイもうなずいてみせる。
「……でも、キラはご両親がいないんだし……」
 カズイがいきなりこんなセリフを口にしてくれた。その瞬間、キラは自分の体が大きく揺らめくのを感じてしまう。
「キラさん!」
 すぐ側にいたからだろうか。
 シンとレイの声が聞こえると同時に腕が差し出される。それでキラはかろうじて倒れるのを間逃れた。
「どうしたんだ、キラ?」
 さすがにこの騒ぎには、部屋の外にいるように命じられたアウル達も我慢できなくなったのだろう。飛び込んできた。
「バカ、カズイ!」
「……少しは状況を考えなさいよ、貴方も」
 キラにとって、それがどれだけ辛いことを思い出させるのか、知っているだろう……とミリアリアが彼をいさめている。
「まったく……本当に考えなしなんだから……」
 さらにこう付け加えられて、カズイはうなだれていた。いつもであればそんな彼のフォローもできるのだが、この件に関してはできる余裕がない。
「……おっさん……あんた、キラに何言ったわけ?」
 アウルがマードックをにらみ付けているのも、止めることができなかった。
「ともかく……キラさんに協力をさせたいのであれば、きちんと手続きを踏んでください。それからでしょう、話は」
 だから、今はさっさといなくなれ……とレイが言外に付け加えたような気がするのは錯覚だろうか。
「それより、キラ、部屋に戻ったほうがいいんじゃねぇ?」
 ついでに、ムウを呼んでくるか? とアウルも口にする。
「どちらにしても、あんたが側にいるとキラさんが落ち着けないだろう!」
 シンのこの叫びに、マードックがようやく離れていく気配が伝わってきた。だが、それに対して、キラは声をかけることもできない。
 忘れたと思っていた衝撃が、キラの中で荒れ狂っていた。