「えぇ……そちらからも探りを入れて頂ければ、俺としても安心です」 カナードは厳しい表情を崩さないままこう口にする。 「あちらに関しては、逐次情報を流してもらえることになっていますが……地球軍に関しては、俺たちでは手出しができませんので」 もちろん、ムウがいることはわかっている。 だが、彼にしても上に気づかれないように連絡を寄越すのは不可能だと言っていい。それに、現場の人間である彼が、いくら《少佐》という地位にあったとしても中枢の動向を把握するのは難しいだろう。 しかし、目の前の人物は違う。 『わかっています。心配しないでください』 そして、彼の声はカナードのいらだちを収めてくれる。 『キラは、私にとっては息子も同然。彼の身柄を守るのは私の義務ですからね』 できるだけのことをしましょう……と微笑んでくれる彼の様子に、カナードはほっと安堵のため息をつく。あるいは、もうそのための手を打っているのではないだろうか。 『もちろん、貴方も同じですよ、カナード。他の二人は既に成人している以上、私の手を離れていますが、貴方はまだそうではありません。ですから、無理だけはしないでください』 カナードに何かあってもキラだけではなく自分も悲しむのだ、と覚えていて欲しい、と彼は付け加える。 「わかっています」 彼が本心からそう思ってくれていることはカナードだって知っていた。 それでも、だ。 自分にとって、自分の命よりもキラの存在の方が重いのだ。 『キラは大丈夫ですよ。あの子のことは彼が守ってくれます。ですから、無事にこちらに連れてくることを優先して考えましょう』 うかつに動く方が危ない……と彼は言外に示唆してきている。 「わかっています」 わかってはいるのだが、自分を抑えきれないのだ。 どうして、あの日、キラの側を離れたのだろう。それがラウとの話し合いのためだったと言うことはわかっている。そして、同じ日に奪取作戦が行われるとも知っていた。 だが、もし自分があの場にいれば……キラを、地球軍なんかに渡さずにすんだのではないか、とも思うのだ。 『こちらも、手はずさえ整えば動きます。ですから、今は先走らないでください』 必要があれば、ラウをはじめとしたザフトの協力も仰ぎましょう。 もちろん、地球連合の人間にもだ、と彼は口にする。 「……わかっています……」 今すぐ、キラの顔が見たい。 そして、そのぬくもりを感じたい。 そうすれば、自責の念を少しでも薄れさせることができるのではないか。 カナードは今にも飛び出しそうになる自分を必死に押さえつけていた。 「……オーブ籍の同胞、ね」 可能性はない、とは思っても見なかった。いや、あそこがオーブであった以上、いたとして当然だろう。イザークはそう思う。 しかし、あの地にいたのであれば何らかの形で地球軍に協力をしていたのではないか。、そんな人間をどうして自分たちが助けなければいけないのか、と彼は主張をする。 「……あの地には、オーブのカレッジがあったそうですよ。そこの学生だったかもしれませんね」 しかし、ニコルが口を挟んでくる。 「ラスティの話だと……俺たちと同年代の連中だったらしいしな」 それに……と眉を寄せたのはディアッカだった。 「アスランの知り合いだったらしいしな」 潜められた声に、イザークはさらに眉を寄せる。 「それで、あいつがふぬけている訳か」 あきれたようにこう呟く。 「まぁ……気持ちはわからなくもないがな」 こう口にしたのはミゲルだ。 「あいつが言っていたからな。この戦争が終わったら、探し出したい奴がいる、と。それが拉致されたという同胞なら、あれこれ納得できる」 それでも、機体を確保し、ラスティを連れ帰ったことはアスランが《ザフト》の一員であることを優先した結果ではないだろうか。その主張にはイザークも納得しないわけにはいかない。 「……それでも、コーディネイターならプラントに来るべきじゃないのか?」 そして、同胞のために力を貸すべきじゃないのか、とイザークは思う。 「その方が、僕が以前、アスランからお聞きしたことがある人と同じだ、とするのであれば……本国に来るのは難しかったのではありませんか?」 しかし、それをニコルが否定する。 「ニコル?」 「その方は……第一世代で《フィエル・チャイルド》だそうですから……」 最近、プラントに亡命してくる第一世代達。その中にごくわずか、とはいえブルーコスモスの思想に染まった者達もいるのだ。 そのせいだろう。 第一世代に関しては入国が認められない事例が多々あるのだ。 その上《フィエル・チャイルド》だというのであれば、どれだけ希望しても却下されるに決まっている。 そんな存在が暮らせる場所は、確かにオーブしかない。 「……ならば、一概に言えない、という訳か」 自分たちと敵対したいと考えているとは……とイザークも認めないわけにはいかなかった。 「それに……だまされて利用されていたって可能性もあるんじゃねぇ?」 モルゲンレーテにしてもカレッジにしても、全てを知っていたのは上層部だけなのではないだろうか。うかつに情報を広めないためにも、末端まで情報を伝えないというのは当然の処置だろうとも。 「そう言えば、整備の連中が変なこと言ってたな」 ふっと思い出した、と言うようにディアッカが口を開く。 「俺たちが奪取してきた機体のOS。完成度は折り紙をつけられるものなのに、ある一点に関してはわざとバグが作ってある、と」 そのために《兵器》としては使い物にならないらしい、と言っていたな……と言う言葉に、誰もが目を丸くする。 「それが、利用されていたことに気づいたそいつの、せめてものリベンジなのだとしたら、さ。それこそ、助け出さないとまずいんじゃねぇ?」 もし、そのバグを修正させられたとしたら、ナチュラルでも使い物になるかもしれないっていい話だぞ、と付け加えられれば、無視できるわけがない。 「そうだな。それほどの才能の持ち主なら、どんな立場の人間だろうと、地球軍から解放しないといけないだろうな」 でなければ、どうなるか。 ラウの言うとおり、連中が月に向かっているとするのであれば、そこで待っているのは《道具》としての立場なのだろう。オーブに彼等の存在が伝わっているとは限らない。 地球軍のことだ。 彼等を保護したことすらオーブに伝えていない可能性もある。 そんなことを認められるはずがないだろう。 「……ともかく、あの艦を補足しなければ意味がないがな」 あのどさくさで見失ってしまったのだ。だから、と思う。 「ついでに、あの機体のOSを何とかしないとな」 どこにバグがあるのか見つけるのはともかく、修正には苦労するぞ……とため息をつくディアッカに、他の三人も思わず同意をしてしまった。 |