艦内の移動もとりあえずなれてきた。しかし、自分に向けられるそれにはまだなれることができない、とキラは思う。
「それでも……僕はまだマシなんだろうね……」
 その中には間違いなく《同情》の色が含まれている。
 それに、ムウの弟でもあるからか。自分に向けられている態度はまだ穏やかなものだと言っていい。
 もちろん、それはあくまでも義務的なものなのだが。
 しかし、そんな彼等もシンやレイに対しては敵愾心を隠そうとしない。そんな中に彼等をさらしたくなくて、結局はキラがムウの部屋と彼等に与えられたブロックを移動しているのだ。
「キラ?」
 どうしたの? とステラが問いかけてくる。
「体調が良くないなら、医務室に行くか?」
 そして、その後をスティングが続けた。
「違うよ。ただ、みんながどうしているかなって思っただけ」
 保護されていることはわかっているけど、でも……とキラは付け加えようとして言葉を飲み込む。自分たちとそう変わらない年齢の二人も、地球軍の軍人なのだ。自分に好意を向けてくれているとはいえ、他の者達にもそうだとは思えないのだ。
「大丈夫だ。アウルが行っているはずだし……他にも、ラミアス大尉がいるんじゃねぇ?」
 なぁ、と彼は視線をステラに向ける。そうすれば、彼女は同意を示すように小さくうなずいて見せた。
「第一、この艦でそういう馬鹿なことをする奴はいねぇよ。ムウが許さないからな」
 彼はコーディネイターであろうと中立国の人間にまで憎しみを浮かべるのはおかしいと思っているから……とスティングは付け加える。そういう彼だからこそ、自分たちは信頼しているのだ、とも。
「ムウ兄さんは、昔からそうだから」
 でなければ、自分なんて見捨てられて当然だっただろうとも付け加える。
「キラは、そのままでいい」
「だよなぁ。キラなら、コーディネイターでも好きだって言う奴は多いだろうな」
 アウルなんて、完全になついているし……と意味ありげにスティングは笑う。
「そう言えば、シン、だっけ? あいつもキラになついているよな。二人の張り合いは、ある意味、見ていて楽しいぞ」
 子犬同士のじゃれ合いみたいで……と付け加えられて、キラの脳裏にそのイメージが浮かぶ。
「そうかもしれないね」
 思わず微笑めば、ステラも笑みを深める。
「キラ、好き。シンもアウルも好き」
 だから、みんなで仲良くできるといいね……と彼女はぽつりぽつりと口にした。それはキラの願いと同じだと言っていい。
「そうだね。みんな、仲良くできるといいね」
 小さな声で、キラはこう呟く。そうできれば、この戦いも終わるのではないか、とも。
「キラ……そっちじゃない」
 そんなことを考えていたからだろうか。キラは曲がるべき分岐点をそのまま行き過ぎてしまいそうになってしまう。そんな彼をスティングが苦笑と共に引き留める。
「だから、目が離せないんだろうな、みんな」
 くくっと笑う彼の言葉に、キラは反論ができなかった。

 キラ達が来たのを確認して、マリューはその場を離れる。
 同じ年代の子供達だけで交流を深めさせたい……と思ったこともまた事実だ。
 だが、それ以上に、本部から指示された厄介な状況について、ムウと話し合いをしなければいけない……と思う。
「本当に……」
 何を考えているのか。そう思っても、うかつに口に出せないのが、軍という組織だ。何よりも、自分は《大尉》という地位を得ている人間である。指示を出す人間としてはなおさらだ。
 それでも、組織に対して不満を持たないわけではない。
 いや、立場があがるに連れて暗部も眼にすることが多くなった……と言うべきなのか。それでも、自分が属している部隊はまだマシだったと言っていい。中立国にすんでいる《コーディネイター》まで偏見の眼差しを向けなかったのだから。
 第一、自分が任せられていたあれらの機体は、モルゲンレーテのコーディネイター達の協力がなければ完成しなかったことは明白だ。
 それも、一部のものを除いてだましたような形になっていたことは否定しない。
 全て、自分たちの勝利のためだ。そして、それが他の者達にも受け入れられる……とあの時は信じていた。
 だが、それは傲慢な考えだった……と言うことも今ならわかる。
『だましていたんですか、僕を……』
 あの時のキラの表情が自分の考えが間違っていたと伝えてきたのだ。そして、あの優しい少年を傷つけてしまったことが、自分の中に重い刻印を刻みつけた。
 誰であろうと、無条件で自分たちに協力をしてくれるものだ、と思っていたことは否定しない。それを、十も年下の少年達に否定されたことも大きいのかもしれない。
「だから……これ以上、あの子達を巻き込まないようにしないといけないのに……」
 それなのに、どうしてあのような指示を出すのだろうか。
 はっきり言って、自国の人間を《拉致》された、とオーブから抗議を受けてもおかしくないのではないか、と思う。
 それ以上に、キラが受け入れるとは思わない。
 たとえ、ムウの言葉であろう、ともだ。
 何よりも、キラを溺愛していると言っていい彼が、そのようなことを受け入れるはずがない。
「それでも……」
 あの機体――ストライクのOSだけはキラに手がけてもらうしかないのだろう。あれは、ムウの機体になる予定なのだ。だから……と。
「何とか説得しなきゃならないのね……恨まれても……」
 そして、その事実があれば、あの子を解放させられるかもしれない。
「……それはないわね」
 逆に、さらに利用されるだけかも……とマリューは思い直す。それよりは、自分があの子達を連れてオーブのコロニーに逃げ込む方が確実かもしれない。それであれば、処分されるのは自分だけですむだろう、とまで考える。
「……どちらにしても、彼に相談しないといけないわね」
 協力できるのであれば、した方がいいだろう。
 その相談をするには、できるだけ人目を避ける手段を講じなければいけないのだが、方法がないわけではない。
「こう言うときに、あの噂が使えるとは思わなかったわね」
 自分と彼がどのような関係であるか。
 どうやら、軍の内部であれこれ囁かれているらしい。
 否定しても無駄だとわかっていたから、それに関しては放っておいた。それがこの場で利用できるとは思わなかった……というのも事実である。
「あの子達のためなら、使えるものは何でも使うわ」
 自分があの子達を巻き込んだのだ。そして、どのようなことをしても守ると約束した。
 もう二度と、彼等の信頼を裏切るようなまねだけはしない。
 それだけは譲れない、とマリューは決意を新たにした。