はっきり言って、気に入らない。
 どうして彼は、こんな愚かな人間達も認めようとするのだろうか。
 部屋の反対側で固まっている《ナチュラル》を見つめながらレイはそう思う。
 確かに、個人としてはいい人間もいる。さりげなく気遣いを示してくれるものもあの中にはいるのだ。
 だが、集団となれば話は変わってくる。
 そして、非常時であれば、か。現実問題として、今も、自分とシンはこうして蚊帳の外に置かれているではないか。
「キラさんがいないから、仕方がないんだろうけどな、あれも」
 ふっとシンがこんなセリフを口にする。それは、自分の内心を読みすかされたようでレイには気に入らない事実だ。だが、彼の性格からすれば、ただの偶然だろうとすぐに思い直す。
「そうだな」
 キラがいれば、彼等も自分たちを無視はしない。
 いや、キラを無視できない……と言うべきなのか。
 そして、キラがさりげなく自分たちを輪の中に引き込んでくれる。
 つまり《カトーゼミ》はキラがいたからこそ輪を保ち成り立っていたと言えるのではないか。もっとも、その中心人物は、というとその身に秘めた才能とは裏腹に、一人でおいておくのが不安だとも言える性格ではある。そのギャップが彼をより魅力的に見せているのだ、とレイは思っていた。
「あの人がいないと……こんなにも溝ができるんだな」
 自分たちの間に、とレイはため息をつく。
 つまり、自分たちをまとめていたのはあの存在なのだ。
 どちらの種族からも平等に必要とされる彼は希有な存在だと言える。だからこそ、自分たちは《キラ》を守らなければいけないのだ。
 そのためだけに、自分はヘリオポリスに来たのだから……と心の中で呟く。
 もっとも、それを他の者に知られるわけにはいかないだろう。ここで自分の目的を知られれば、拘束だけではすまないのではないか。そうも判断する。  今の自分がしなければいけないのは、まずはキラの安全を確保すること。
 そして……とレイが心の中で呟いたときだ。
「キラさん!」
 シンの声が周囲に響く。
 その声を耳にして、全員が視線を入り口の方に向ける。そうすれば、キラがいつもの微笑みを浮かべて立っているのが見えた。
「キラさん!」
 子犬が飼い主に駆け寄るかのようにシンが行動を開始する。
「久しぶり!」
「ひどいこと、されてないわよね?」
 シンが動くと同時に、ミリアリアとトールも立ち上がった。そして、そのまま彼等はまっすぐにキラへと駆け寄っていく。
 サイとカズイも、同じように立ち上がっている。
 しかし、フレイはすぐに動く様子を見せない。それどころか、一瞬、キラから視線をそらす。
「キラ!」
 だが、すぐにそんなことをしたとは感じさせない表情を作ると彼女も立ち上がった。
「どうして、今まで顔を見せなかったの? 寂しかったわ」
 こう口にしながら駆け寄っていく彼女にもキラはいつもの微笑みを向けている。しかし、そのキラの背後にいる地球軍の兵士らしい少年は違った。うさんくさそうな表情を彼女に向けている。
「ごめん……ちょっと……」
 苦笑と共にキラがこう口にした。
「迷子になったんだよな、ここに来ようとして」
 そうすれば、少年が即座にこう告げる。
「アウル!」
「本当のことだろ。それでけがをしたのも。だから、ムウに一人では外出禁止って言われたんだよな」
 キラの反論をアウルと呼ばれた少年が封じた。
「だからって、みんなに言わなくても」
 そんな恥ずかしいことを……と告げるキラの頬がうっすらと染まっている。そうしていると自分たちよりも年上だ……と信じられないほどだ。
「大丈夫ですよ、キラさん」
 苦笑混じりにレイは口を開く。
「その程度じゃ、誰も驚きませんよ、もう」
 いつもの事じゃないですか、と付け加えればキラはさらに頬を赤く染める。そんな彼の様子が可愛らしいとレイは思ってしまう。
「そうよね……本当にキラったら、あんなに凄いプログラムとか作ってくれるのに、普段はドジなのよね」
 そう言うところが可愛いんだけど……と平然と言い切れるあたり、女性は凄いと思う。
「だから、俺がいつも一緒にいたんじゃないですか」
 カナードさんにも頼まれていたし……とシンが口にした。
「そっか。だから、シンがキラを送り迎えしていたんだ」
 納得した……というようにうなずいて見せたのはサイだ。
「……まぁ、キラのフォローぐらいなら、俺たちもたくさんしていたしな」
 そういうキラだからこそ、好きになったんだし……とトールが笑う。
「キラから目を離すと、本当に危ないものね」
 さらにミリアリアもだ。
「ひどいな、みんな。そこまでじゃなかったよ、僕」
 キラがこう言って頬をふくらませるが、誰も同意を見せない。いや、仲間達だけではなく、アウルまでキラの言葉を否定していたと言っていいのではないか。
「大丈夫だって。ムウにも約束したしさ。ここの中だったら、俺たちが守ってやるって」
 時間があれば、ここにもつれてきてやるから、とアウルは笑う。
「だったら、キラもここにいればいいじゃない」
 不意にフレイがこう言い出す。そうすれば、いつでも会えるし、迷子になる必要もないじゃないか、と。
 普通に聞けば、仲間を心配しての言葉に聞こえる。
 だが、レイにはどうしても彼女の言葉を素直に信じる事ができないのだ。
 それは自分が彼女に疑いを抱いているからだろうか。そうでなかったとすれば、それはそれでいいのだが……その可能性は少ないだろうとも思う。
「何言ってんだよ。兄弟が一緒にいるのが当然だろう?」
 ムウだってそう思っているんだし……とアウルは口にする。
「必要なら、俺たちが連れてくるし、さ」
 それで十分じゃん、と笑う彼にシンは不満そうに頬をふくらませた。
「でなかったら、お前らが来られるようにするからさ」
 彼女がその手はずを整えてくれるんじゃないの、と言いながらアウルが背後を振り向く。
「マリューさん」
 そこには、キラ達を連れてきたマリュー・ラミアスがいた。
「そうね。とりあえず、私の方は手が空いたから……これからは、毎日顔を出せるわ」
 ふわり、と彼女の口元に微笑みが浮かぶ。
「なら、安心ですね」
 そんな彼女にキラがどのような感情を抱いているのかはわからない。だが、表面上は友好的な態度を崩さなかった。
「そう言ってくれれば嬉しいわ」
 彼女の方もそれも同じだ。
 いや、彼女の方はキラに関して間違いなく保護意識を抱いているだろう。
 まずは、それぞれがどのような思惑を抱いているのか。それを完全に掌握する事が必要だろう、とレイは心の中で呟いた。